5.建国記念祝賀会(3)
(あの衣装は、クロム国?)
独特の刺繍がされた円筒状の帽子に見覚えがあった。クロム国は四度目の人生──騎士となったときにリゼットに同伴して訪れたことがある。
クロム国から来た男性の前には会場の警備を行っている女性騎士が立っていた。
(どうしたのかしら?)
何かこちらの不調法で不愉快な思いをさせてしまっただろうか。騎士を呼ぶようなトラブルが起こったのかと思い、シャルロットは慌ててふたりのほうへと近づく。
「ひとりで立っていては寂しかろうと気を利かせて誘ってやったのに、無礼なやつだ」
怒り口調でそう言ったのは、豪華な刺繍が施された襟なしのジャケットに太めのズボンという民族衣装に身を包んだ男性だ。首には何重にも重ねられた金細工のネックレスがかかっている。
(あら、この方……)
黒髪に黒目、やや恰幅のよいその男は、まさに四度目の人生でシャルロットの夫となったクロム国の王太子その人だった。名前はアリール王子だったと記憶している。
「申し訳ありません。私は、ここの警備を担当しておりますので外すわけには──」
固い表情のままそう答えるのは、会場警備の女性騎士だ。
そのやり取りを聞いて、すぐに騒ぎの原因に気付いた。
(そういえば、クロム国の王太子殿下は女性騎士がお好みだったわね……)
四度目の人生ではリゼットの同伴をしていたシャルロットを一方的に気に入り、半ば強引に結婚を決めたと記憶している。彼は女性騎士が特にお好きなのだ。
おおかた、会場に女性騎士がいるのを見かけて休憩室にでも行こうと誘い、断られて憤慨しているのだろう。
「来賓をもてなすのも大事な役目だろうが。大体、この俺に──」
唇を引き結びじっと耐える女性騎士に対してなおもアリール王子が捲し立てる。
「所詮は建国して間もない国家だな。こんな礼儀のなってない者、ましてや女に騎士をさせるとは」
アリール王子が最後に口にした言葉を聞き、シャルロットの隣に立ち様子を見守っていたエディロンが前に出ようとした。
(いけないっ)
シャルロットは慌てて片手を伸ばす。
「陛下。ここはわたくしにお任せください」
「シャルロットに?」
エディロンは困惑した表情を見せた。
エディロンは明らかに怒っている。
けれど、今ここで来賓客であるアリール王子に怒りをぶつけたりすれば、十中八九『ダナース国は来賓客のもてなしもできない三流国家』と尾びれに背びれ、場合によっては完全な作り話を吹聴されて国益を損なうことになる。
「はい。任せてください」
信じてほしいと意思を込めて見上げると、エディロンは少し迷うような表情を見せたものの小さく頷いた。
「アリール殿下。その女性騎士がいかがなされました?」
シャルロットは何が起こっているか全く知らない様子で、落ち着いた口調でアリール王子に声をかける。呼びかけに気付いたアリール王子はこちらを振り返った。
「これはシャルロット王女。彼女にはもてなしの心が足りていないようだ」
「それは申し訳ございません。不愉快な想いをさせました」
シャルロットは大袈裟に眉根を寄せると、深々と謝罪する。
心では謝罪の気持ちなどこれっぽっちもなく「とっとと帰れ」とすら思っていたが、一切それは顔には出さなかった。
「ご無礼へのお詫びに、わたくしが殿下へのおもてなしに面白い物をお見せしましょう」
「シャルロット王女が?」
「ええ。あなた、わたくしに剣を」
シャルロットは優雅に頷くと、アリール王子の背後で顔をこわばらせる女性騎士へと声をかける。
その瞬間、女性騎士の顔が目に見えて青くなった。罪を罰せられて剣を剥奪されるとでも思ったのだろう。剣を差し出す女性騎士の手は小さく震えていた。
「大丈夫よ」
シャルロットは女性騎士にしか聞こえない声で、小さくそう言った。それはしっかりと女性騎士に聞こえたようで、彼女の目が大きく見開く。
「シャルロット王女。それで、面白い物とは?」
アリール王子がシャルロットに声をかける。その態度からは、つまらない物を見せたら小馬鹿にしてやろうという底意地の悪さが覗えた。
(四回目の人生でわたくしに毒を盛った誰かには、心から感謝だわ。こんな男の妻になるなら、死んだほうがマシかもね)
毎回、ただ単に『もう死にたくない』と思っていた。けれど、生きるなら素敵な人生にしないと意味がないと気付く。
それがどんな人生かと聞かれたら上手く答えられないけれど、少なくとも目の前のこの男の妻という生き方ではないと確信できた。
会場を見回すと、心配そうにこちらを見つめるエディロンと目が合う。シャルロットは『大丈夫』と視線で伝えると、自分の右手を見た。
(剣を握るのは久しぶりね)
四度目の人生、朝から晩まで毎日のように剣を握って女性騎士になった。
五度目の人生と六度目の人生──即ち今世でもよくジョセフから剣を借りて、ふたりで打ち合いをしていた。
今は女性騎士ではないけれど、まだそれなりに剣を扱える自信はある。