6.揺れる心(2)
エディロンは確かに毎日会いに来る。
しかし、男女の睦み事は一切なく、代わりに全く違うこと──例えば諸外国との関係や施策についての意見を求められたりする。
シャルロットは心の中でケイシーに謝罪しつつも、今日はどんな話をするのだろうと毎日のその時間を楽しみにしていた。
「以前あなたが話していた奨学金制度について、今度ラフィエ国に話を聞けることになった。教育制度全般について、情報交換する予定だ」
「それはよかったです」
「それと、我が国の優れた金属加工技術を是非学ばせてほしいと申し入れがあった。おそらく、技術研修生を受け入れることになると思う。以前あなたが提案した技術ライセンス形式を考えている」
「そうですか。ダナース国の金属加工品生産量と鉱山の数は周辺国で随一ですものね」
シャルロットは頷く。
金属加工技術を他国であるラフィエ国に伝えることは一見すると国益を損なうようにも思えるが、その材料となる鉱石はダナース国から購入しないとならない。さらに、生産量に応じて技術使用のライセンス料、即ち対価をもらうため、結果的にダナース国が潤うのだ。
「しかし、あなたには本当に驚かされる。どこからそんな知識やアイデアが?」
「本で読んだり、単に思いついたりですわ」
本で読んで知った情報もあるのは事実だが、ほとんどは過去のループで得た知識だった。けれど、それを言うことはできないのでシャルロットは曖昧にいつも『本を読んで』と答えている。
「ふむ」
エディロンは顎に手を当てると、少し考えるような仕草をしてからシャルロットを見る。
「シャルロット。あなたは俺に秘密にしていることがあるのではないか?」
「え?」
金色の瞳でまっすぐに見つめられ、シャルロットはドキッとした。
(まさか、何度もループしていることに気付いている?)
エディロンは答えられないシャルロットを見つめたままだ。シャルロットの心臓は煩いほどに早鐘を打つ。
「秘密とは? 心当たりがありませんわ」
努めて平静を装い、シャルロットは小首を傾げる。
「そうか」
エディロンはシャルロットの返事に納得しているようにも見えなかったが、特にそれ以上追求してくることはなかった。
◇ ◇ ◇
シャルロットとの時間を過ごしてから執務室に戻ったエディロンは、書類を見返していた。シャルロットがダナース国に来た日にセザールに頼んで調査させた、シャルロットについての調査報告書に追加の内容が届いたのだ。
「剣の指南を受けたことは一度もないと?」
「調べた限り、剣の師匠が付いたことはありませんね」
「家庭教師は?」
「それも、必要最低限だったようです。少なくとも、一流の講師を呼んで英才教育を受けているわけではなさそうです」
「間違いないのか?」
エディロンは報告書を持ってきたセザールを見つめる。
「間違いありません。エリス国の王宮に勤めていたという使用人を複数人買収して聞き出しましたが全員同じことを言っています」
「なるほど。話はわかった。助かった」
エディロンはセザールに礼を言う。セザールは一礼すると、部屋を後にした。
パタンとドアが閉められ、ひとり執務室に残される。
エディロンはもう一度報告書を見つめた。
(一体どうなっているんだ?)
エディロンは自身のこめかみを指で押し、じっと目を閉じる。
(先ほど、明らかに動揺していたな)
シャルロットの下を訪問した際の、彼女の様子を思い返す。
本人は上手く隠せたとでも思っているようだが、エディロンはシャルロットのちょっとした表情の変化を見逃さなかった。何か秘密があるのではないかと追及したとき、シャルロットの表情が明らかに強張ったのだ。
(やはり何かしらの秘密はあるんだな……)
王宮の外れにある離宮に引きこもっていた、十九歳の王女。病弱で、いつも俯いている陰気な女。英才教育を受けたこともなければ、剣の指南を仰いだこともない。
何度報告書を読み返しても、エディロンの先ほど話した女性とこの調査報告書のシャルロット=オードランが結びつかない。
エディロンが知るシャルロットは行動的で快活、表情が豊かで美しい女性だ。さらに、驚くほど博識で、剣も扱える。
正直、建国二十周年の祝賀パーティーの際にシャルロットが剣技を披露したときは流石のエディロンも度肝を抜かれた。一体どこの誰が、剣を振り回すことができる王女がいるなどと想像するだろうか。