8.真相と黒幕(6)
花瓶を避ける男の剣がこちらへと向く。
(うそっ)
剣先が近づいてくるのがわかった。シャルロットは大きく目を見開く。
(当たる!)
六度目の人生も、やっぱりだめだった。今世では初夜に寝室に乱入してきた暗殺者に殺されるという新たなパターンだ。
目をぎゅっと瞑って痛みに耐えようとしたが、その痛みの代わりに男の悲鳴が聞こえてきた。
「え?」
恐る恐る目を開けると、目の前には黒いケープの男が横たわっていた。エディロンが斬ったのだ。
「大丈夫か、シャルロット!」
エディロンがシャルロットのほうへ駆け寄り、ぎゅっと抱きしめる。
「わたくしは大丈夫です。エディロン様のほうこそ──」
「俺はなんともない。あなたが花瓶で加勢するという無茶をしたお陰で相手に隙ができた。礼を言おう」
エディロンに優しく背中を摩られて、ほっとする。少しは役に立つことができて嬉しい。
「エディロン様。それにしても、この男は──」
死んでしまったのだろうか?
絨毯に染みこむ血だまりを見て震えていると、また背中を優しく叩かれる。
「大丈夫だ。加減してある。殺してしまっては自白が得られなくなってしまうからな。とはいえ、早急に治療にかからないと危ないかもしれない」
エディロンは自分の剣先で、男の体をすっぽりと覆っているケープを捲る。ようやくはっきりと見えたその顔を見て、シャルロットは息を呑んだ。
「この人……」
「ハールス伯爵か」
エディロンがチッと舌打ちする。国内貴族からこのめでたい日にこのような事件を起こす者が現れたことに苛立ちを感じているのだろう。
(やっぱり!)
見覚えのあるその顔は、ハールス卿のものだった。驚きと同時に、シャルロットは疑問を覚える。
「どうしてハールス卿がこれほどまでの剣の腕を──」
先ほどの剣捌きはエディロンとほぼ互角に見えた。現役の騎士と遜色ないほどの剣の使い手であるエディロンと、小太りの貴族であるハールス卿が同じ腕前などとは到底考えにくい。
「ねえ、シャルロット。これを見て!」
ルルの叫び声が聞こえた。
そちらを向いたシャルロットの目に、床に転がっているハールス卿が使っていた剣が入る。剣の柄の部分に、丸い紋章が描かれていることに気付いた。
「これって……」
円形の中に三角形と小さな文字が描かれたその紋様に、シャルロットは見覚えがある。ものに魔法の力を与えるときの魔法陣だ。
(嘘でしょう?)
嫌な予感がした。
シャルロットは居ても立っても居られずに寝室を飛び出し、エディロンの部屋から廊下へと繋がるドアを開ける。
「やっぱり……」
寝ている。護衛をしていたはずの騎士達が、全員眠りこけている。
シャルロットは少し屈んで騎士の顔を覗き込んでみたが、眠っているだけで息はしているように見える。
「これは魔法か?」
追いかけて来たエディロンに、背後から話しかけられる。
「ええ、間違いなく」
魔力の残痕を微かに感じる。
ハールス卿はダナース国の人間で、魔法は使えないはずだ。
そして、ものに魔法の力を付与してここまでの影響力を与えられる魔法使いなど、エリス国ですらごく僅かに限られるはずだ。
──それこそ、王宮お抱えの魔法使いくらいに。
(もしかして、エリス国が糸を引いているの?)
サーッと血の気が引く。
エディロンが震えるシャルロットの肩を抱き寄せる。
「大丈夫だ。まずはこの後処理をしないとだな」
そして、はっきりとこう言うのが聞こえた。
「彼らにはきっちりと説明してもらおう。エリス国のドブネズミが」
異常を知らせる鐘の音に、ようやく警備の騎士達が駆け付ける。エディロンが彼らに指示を出し、ハールス卿が運び出されてゆく。シャルロットはその様子を呆然と見送った。
──ゴーン、ゴーン、……。
ときを知らせる鐘が鳴る。
日付が変わった。