31.トップの器
魔竜……いやラードーン。
その力を取り込んだ、という実感が徐々に湧いてきた。
俺は空に向かって、拳を突き出す。
「マジックミサイル」
つぶやくと、拳の少し先から、11本のマジックミサイルが一斉に飛び出して、花火のように空に向かって飛んでいった。
無詠唱で11本――なら。
今度はしっかりと詠唱を交えて、魔力を高めてからの、マジックミサイル。
13――いや17か。
一気に6本もふえたマジックミサイルが同じように空に向かって飛んでいった。
ラードーンの強い力を感じる。
そしてそれは……完全に制御できる。
自分の力として制御出来ている。
ラードーンの言葉を思い出す。
『そなたが努力で築き上げた土台に上乗せする程度の力だ……常に倍の魔力はでる、といえばわかりやすいか』
それをかみ砕いて、理解を試みる。
多分だけど……努力の結果が倍になる、って事だろう。
まあ、それはおいおい。
これからも憧れの魔法を鍛錬し続けていくんだ。
どうなのかは、すぐに分かるだろう。
さて、これで魔竜騒ぎは解決した。
帰ろう――
「あれ?」
まわりをみる、みんなの様子がおかしかった。
ギルドマスターも、封印の魔導師達も、負傷しているハンター達も。
全員、怯えた表情で俺を見ていた。
立っていられたものは膝ががくがくと震え、尻餅をついている者達は顔を青ざめて後ずさりしている。
ギルドマスターも例外ではなく、カチカチと歯の根が合わなくなって震えていた。
「どうしたんだ?」
「リアムが魔法を撃った後からこうなった」
「アスナ……それにジョディ。お前達は大丈夫なのか」
「うん」
「平気だわ」
アスナとジョディの二人だけがけろっとしている。
強がりって感じではなく、本当に平気って感じだ。
何が起きてるんだ?
(ひっこめろ)
「え?」
空耳のような声が聞こえた。
それがラードーンの声と同じだということを、一呼吸遅れて気づいた。
「ラードーンか? 引っ込めろってどういうことなんだ?」
「あっ」
今度はアスナが声を上げた。
「どうしたんだ?」
「勘違いかもしれないけど、リアムから出てる力が強くなってる」
「……本当ね、大分強くなっているわ」
「俺から出てる力」
「うん。ジョディさんも感じる?」
「ええ……魔力がダダ漏れ……とでもいうのかしら」
「魔力がダダ漏れ……」
二人が感じた事、それとさっき聞こえた声を合わせて考えた。
俺は、魔力を引っ込めるイメージをした。
魔法を行使するために放出した魔力、それがまわりに漂っているというイメージをして……それを吸い込む。
「あっ……」
誰かが声を漏らした。
それを皮切りに、まわりの人たちが一人また一人と、ほっと胸をなで下ろしていった。
「ラードーンの力のせい、か」
「みたいだね」
「でもどうして二人だけ大丈夫だったんだ?」
「私達が、リアムくんの使い魔だったからじゃないかしら」
「ラードーンジュニアってことか」
なるほどと俺は頷き、納得した。
そこに、落ち着いたギルドマスターが話しかけてきた。
「さすが魔竜の力、存在するだけで、ここにいる全員が死を覚悟したほどだ」
「そんなにひどかったのか」
「ああ」
深く頷くギルドマスター。
「それを完全に制御している、さすが、という感想以外出てこない」
完全に制御しているって訳じゃないけど、彼らが怖がっている「魔竜」としての振る舞いは多分このさきないから、勘違いは勘違いのままにしておくか、と思った。
「数十年間ここにあり続けた魔竜の脅威を取り払ってくれて、感謝する」
「いや、こっちこそ。力がダダ漏れで迷惑をかけた――」
迷惑をかけた。
その言葉を口にした瞬間、他のハンター達、そして封印の魔術師達の姿が目に入った。
特に負傷したハンター達だ。
迷惑をかけたという意味なら、彼らに一番迷惑がかかっている。
アルブレビトの無駄な暴走でこうなった。
俺は少し考えて、アイテムボックスを出した。
ふたを開けて、あの後回収して再びアイテムボックスの中に入れた砂金から、10キロ分取り出した。
地面に積み上げられる、黄金色の砂山。
「こ、これは?」
「ハミルトン家が迷惑をかけた。黄金で、十キロ分ある。それを迷惑料として受け取って欲しい」
「あっ……」
「分配を頼めるかな。もちろん負傷者は多く、復帰が長引きそうな人優先で」
「……いやはや」
分配を頼んだギルドマスターは、口を大きく開けるほど驚いたあと、感心した顔に切り替わってきた。
「どうしたんだ?」
「アルブレビトではなくあなたがハミルトン家の当主だったら――いや、これを言ってしまうと色々問題が生じるな」
ほとんど言ったも同然だが、ギルドマスターは言いかけ・言ってないというていをとった。
「あなたに責任なんてないだろうに……それでもすぐにハンター達の事を慮ってくれた」
「とは言え原因は俺だから」
アルブレビトの暴走の原因、間違いなく俺だからなぁ。
「原因であっても、責任はない。それでも気にかけてくれた。こうしてものすごい額をあなたはポンと出してくれた」
ギルドマスターは感動した目になった。
気づけば、俺の事を「あなた」とよんでいる。
「日々危険の中で過ごしているハンターにとって、上がアホだと更に命がけだ。本当に……あなたなら……」
今度はしっかりと、その先の言葉を飲み込んで言わなかった。
しかし、その表情がすべてを物語っていた。
そして他のハンターや魔術師たちも同じような顔をしている。
――あなたがボスだったら。
そう、感動の目で、俺を見つめていた。