5話
とある夜更け、部屋の空気が凍ったように静まり返った。
窓の外で、星が一瞬、ノイズのようにざらついた。
次の瞬間、空中に文字が浮かび上がった。
【システム警告:データ不整合を検出】
【対象:国家ID_207、指導者コード不一致】
【提案:巻き戻し(Yes/No)】
「……おいおい、UIが出たぞ。」
僕は思わず口に出した。
書記官も将軍も、何が起きているのかわからず呆然としている。
彼らにはこの文字が見えていないようだ。
“巻き戻し”。
それはつまり、僕の選択をなかったことにする、という意味。
【原因:非数値データ(Name)挿入】
【影響:人口データの不可逆的破損】
【状態:異常な自己参照構造を検出】
異常な自己参照。
なんだその言い方は。
名前を記しただけだぞ。人間の当然の行為だろう。
「……やっぱり、そういう世界か。」
僕はゆっくりと立ち上がり、宙に浮かぶ“YES/NO”の選択肢を見つめた。
懐かしい。これは確かにゲームのUIだ。
だが今の僕には、それをクリックする手がない。
マウスも、画面も、ここにはない。
代わりに、誰かの声がした。
電子的な、しかしどこか人間的な,AIでない声だった。
「プレイヤー。あなたの行動は仕様外です。
この世界の均衡を乱しています。」
「仕様外……ね。」
「あなたは、“人間”であることを放棄してください。
この世界は計算可能でなければなりません。」
僕は笑った。
「計算できないものを、君たちは“人間”と呼んでるのか。」
沈黙。
その後、わずかなノイズが走り、音声が歪んだ。
【あなたの発言は、パラメーターとして登録されました。】
【タグ:ヒューマンエラー】
その言葉とともに、空間が震えた。
壁に刻まれた石の紋章が崩れ、床の模様が変わる。
人々の影が揺らいだ揺らいだように見えた。
僕は目を閉じた。
もし“エラー”が人間性なら、僕は喜んでバグであり続けよう。
そして自分にいった。
「停止するな。この世界は思考だけで、進め。」
ノイズがはしり、強烈な強烈な光が走ったことだけががわかった。