第3話 とっても運がいいわ
街道を進むこと数日。
僕は無事にアーゼルの街へと辿り着いていた。
「うちの領地にはない大きな都市だね」
幾つもの商店が軒を連ねる賑やかな通りを歩きながら、僕は少し圧倒されていた。
行き交う男女もお洒落な人が多く、なんだか自分が場違いな存在に思えてしまう。
エグゼール家が治める領地は、山ばかりある辺境の田舎だ。
今まで一度も領地を出たことのない僕にとって、こうした華やかな都会の雰囲気は初めての体験だった。
時には人混みを掻き分けつつ、僕は冒険者ギルドを目指す。
親切な街の人に教えてもらったところによると、冒険者ギルドは街の外れに存在しているらしい。
そうして見つけたのは、大型の訓練場や解体場も併設された立派な建物だった。
街の外への行き来がしやすいよう、すぐ裏手は街の出入り口になっているみたいだ。
冒険者へのイメージから、てっきり要塞みたいな武骨な外観を想像していたけど、意外にも小奇麗な印象である。
中に入ってみると、清潔感のある広々としたエントランスホールが出迎えてくれた。
冒険者らしき男女が談笑していたり、地図を広げて作戦会議を行っていたりする。
いかにも荒事専門といった屈強な大男もいるけれど、女性も少なくないためか、想像していた物々しい感じはあまりない。
壁沿いの掲示板には依頼書がびっしりと張られており、何人かの冒険者たちが見定めている。
奥にはバーカウンターのような場所もあって、そこで軽食やお酒を飲むこともできるみたいだった。
ホールの奥には窓口が並んでいて、見目の優れた受付嬢たちが依頼者や冒険者の応対をしている。
僕は早速、空いている窓口の女性に声をかけた。
「あの……冒険者になりたいんですが」
彼女の胸のネームプレートには「レイラ」と書いてあった。
僕より三~五歳くらい年上のお姉さんで、こちらに気づいてにっこりと微笑む。
「ふふ、随分と可愛らしい冒険者志望さんね。でも、冒険者には成人しなければなれないの。十五歳になってからまた来てね?」
「十五歳です」
「あら? ふふ、ごめんなさいね、てっきりまだ十二歳くらいかなって……」
どうせ僕は小柄だよ。
いきなり出鼻を挫かれつつも、僕は改めて冒険者登録をしたいと伝えた。
「念のため、成人していることを確かめさせてもらうわね?」
「はい」
専用の魔導具で確認される。
成人すると魔力の質が変化するらしく、それで判定できるのだとか。
「……うん、間違いないわ。それじゃあ、この紙に必要事項を記入してもらえるかしら」
レイラさんが差し出してきた紙には、名前や性別、出身地、それから習得しているスキルや魔法などの記入欄があった。
道中で習得した魔法を、早速とばかりに記載していく。
「書けました」
「なになに、名前はライルくんね。出身地はゼール地方と。使える魔法は……〈明かり〉に〈水生成〉に〈火起こし〉に……」
アーゼルに辿り着くまでに、僕が覚えた魔法は以下の通りだ。
〈明かり〉〈水生成〉〈火起こし〉〈湯沸かし〉〈小物収納〉〈汚れ落とし〉〈気分転換〉〈そよ風〉
「……って、これどれも生活魔法じゃない。えっと、もしかして君、生活魔法使いなの?」
「そうです」
僕が頷くと、レイラさんは「うーん」と難しそうな顔で唸った。
「生活魔法じゃ魔物を倒したりはできないし、受けられるのは街の中の依頼くらいよ? 冒険者というよりも、便利屋的な働き方になってしまうわ」
「できればパーティのサポート要員として頑張りたいと思っています」
「サポート要員ねぇ……それなら冒険者らしいことはできるけど……戦えない身で冒険するのはとっても危険なのよ? 生活魔法だったら冒険者以外の分野でも需要があるわ。それこそ貴族や商人の小間使いだったりとか、もっと安全で安定した収入が期待できるはずよ」
彼女の言うことはよく理解できる。
冒険者は色んな意味でリスクが大き過ぎる仕事だ。
「でも僕は、ただの小間使いなんかじゃなくて、世界一のサポート要員になりたいんです!」
「世界一のサポート要員……夢が大きいのか小さいのか……」
レイラさんは少し呆れたように呟いてから、
「だけど生憎と需要が少ないの」
「えっ、そうなんですか?」
レイラさんによると、基本的に雑用などを行うサポート要員を求めているのは、実力と余裕のある上級パーティだけだという。
そもそも需要があまりない上に、そういう上級パーティにはすでにベテランの生活魔法使いがいることが多く、わざわざ新人を加えたりはしないそうだ。
「なるほど……」
「一応探してはみるけれど、あまり期待はしないでね?」
そうして冒険者登録が終了し、冒険者であることを証明する冒険者カードを発行してもらった。
カードにはFの文字が印字されていて、これが僕の冒険者ランクだという。
「普通はEランクからなんだけど、戦闘に使えるスキルや魔法がない場合は、Fランクからのスタートなのよ。冒険者見習いってわけね」
どうやら現在の僕は、冒険として最低ランク以下らしい。
「もちろん実績に伴ってランクも上がっていく仕組みで、街の中の依頼でも頑張ってこなしていけば、生活魔法使いでも一つ上のEランクまでなら昇格できるはずだわ。だからぜひ頑張ってね」
というわけで、何かやれる依頼がないかと、掲示板を確認してみることにした。
「左に行くほど要求されるランクが低い依頼になるって言ってたけど……」
冒険者ランクによって受けられる依頼に制限があるのだ。
僕は一番左端の、見習い冒険者向けの依頼書をチェックしていく。
「なになに……街のパトロールに、露店の見張り、土木工事の手伝い、荷物の運搬の手伝い、チラシの配布、ゴミの片付け、お尋ね者探し、下水道の掃除、蜂の巣の駆除、迷い犬探し、か。Fランクでも受けられるのはこういうのばかりなんだね」
隣のEランクの依頼書をちらりと見てみると、ゴブリンの討伐とか護衛依頼なんかがあった。
「ゴブリン、倒せるんだけど……」
なかなか前途多難だなと思いつつ、依頼書を選んでいると、
「ライルくん! よかった、まだそこにいたのね」
なぜかレイラさんが声をかけてきた。
「きみ、とっても運がいいわ。ちょうど見つかったのよ。サポート要員の生活魔法使いを探しているパーティがね!」