第59話 なんかすごい痛がってる
「ひぃっ……」
「わ、私たちは逃げようとしたわけじゃないのっ……」
「もうやめてくれやめてくれやめてくれやめてくれやめてくれ……」
頭目の男コブラを見て、捕まっていた人たちが悲鳴を上げる。
中には恐怖でうずくまり、震えている人もいた。
この男が彼らにどういう仕打ちをしていたのか、これだけで察するものがある。
よく見ると身体中、痣だらけの人も少なくない。
狡猾なヘビのような目でこちらを睨みつけながら、コブラが口を開く。
「その様子じゃ、ここが俺たちヒュドラの牙の拠点だと知った上で侵入してきやがったな? どうやって突き止めた?」
「パイソンという男から聞いて」
「……あいつはそう簡単に口を割るタマじゃねぇはずだがな。くくくっ、俺の持つ能力も教えてもらえたか?」
そう言ってコブラは嗤った。
「き、気をつけろ! そいつは毒を使う! 空気を吸うと、身体が痺れて動けなくなるんだ!」
叫んだのは捕まっていた男性の一人。
勇気を振り絞り、僕にコブラの能力を教えてくれたのだ。
「くくくっ、もう遅い。とっくにこの辺りには毒が充満している。実は俺は体内で毒を生成する特殊な体質持ちでな。しかも意識的に体外に放出することができる。麻痺を引き起こす程度の毒ではあるが、無味無臭だからまず相手に気づかれる心配はない。ちなみに俺の配下どもも毒を吸っちまうが……耐性を付けているから動けなくなるようなことはねぇ」
勝利を確信したように、コブラは嗜虐的な笑みを浮かべる。
「さらにこの毒が最高なのは、身体は動かなくなるが意識はそのままって点でよぉ? くくくっ……これからお前をたっぷり可愛がってやるぜぇ」
「いや、もちろんパイソンから教えてもらってたよ?」
「なに?」
正直、毒の影響はまったく感じなかった。
なにせ事前に対策しておいたからね。
「ちっ……魔法か、道具か、あらかじめ毒を無効化していやがったか……っ! ……いや待て。だとしたら何でこいつらまで平然としてやがる?」
牢屋に捕らえられていた人たちも、同じように毒を受けているはずなのに、そんな様子はまるでなかった。
「生活魔法の〈空気清浄〉を使ってるからね」
本来は周囲の空気を奇麗にするという程度の魔法だ。
だけど十分な魔力を込めて発動すれば、コカトリスの石化毒の息を防いだように、空気中の毒を取り除くことも可能だった。
「ついでに〈汚れ落とし〉」
ちなみに体内にある毒などに関しては、〈汚れ落とし〉が効果を発揮する。
「があああああああああああっ!?」
「「「お頭!?」」」
「あれ? なんかすごい痛がってる?」
コブラは絶叫しながら地面をのた打ち回った。
「か、身体がっ……引き裂かれるっ……ぎいやあああああああっ!」
恐らくは、身体の一部のようになっていた毒を〈汚れ落とし〉によって無理やり消失させたため、激痛が発生したのだろう。
やがてコブラは泡を吹いたまま気絶してしまった。
「馬鹿な……お頭が……」
「な、何なんだ、このガキはよぉっ!?」
「だ、だが、相手はたった一人っ……全員でかかれば俺たちの敵じゃねぇはずだ!」
「〈そよ風〉」
「「「ぎゃあああああああああっ!?」」」
盗賊の残党たちはまとめて吹き飛ばしてみた。
狭い洞窟内にいきなり突風が吹いたら回避は不可能だよね。
「あの男をいとも簡単にやっつけてしまうとは……」
「た、助けてくれてありがとう。君が来てくれなければ、我々は闇市場で奴隷として売られていた。本当に命の恩人だ」
「ああ、これで家族のもとに戻ることができる……」
捕まっていた人たちが涙ながらに感謝してくる。
劣悪な環境に置かれていた彼らに、僕は〈汚れ落とし〉と〈痛み止め〉、それから疲弊した精神を少しでも癒やしてもらおうと〈気分転換〉を使った。
「なんだ? 身体が急に奇麗に……それに痛みが消えた?」
「盗賊どもにつけられた傷が癒えていく……」
「なんだか気持ちまで楽になったわ」
と、そのとき一人の女の子が僕のところまでやってきた。
見た感じ、十歳かそこらといった年齢だ。
盗賊に捕まって、きっと怖かったに違いない。
「少年、助かったのだ! 吾輩としたことが、つい油断してやつらに捕まってしまったのだ!」
「うん、よかったね。パパとママのところに帰れるよ」
「吾輩は子供じゃないのだ!? こう見えて二十三歳なのだ!」
「え? 僕より余裕で年上……?」
「そうなのだ! しかもBランク冒険者なのだ!」
詳しく話を聞いてみると、どうやら彼女は近くの街の冒険者ギルドで依頼を受け、隊商の護衛をしていたらしい。
道中で盗賊に襲われ、意気揚々と討伐に乗り出したものの、コブラの毒にまんまとやられて捕まり、この拠点に連れてこられてしまったという。
「盗賊ごときにやられるなんて、一生の不覚なのだ!」
彼女は悔しそうに歯ぎしりしてから、
「って、こうしてはいられないのだ! 早くパーティメンバーたちと合流しないと、またどやされてしまうのだ! というわけで少年、吾輩は先に行くのだ! いや、その前に奪われた装備を……どこにあるのだ?」
「あっちが倉庫みたいですけど」
「おおっ、何から何まで済まないのだ! ……よかった、装備は無事だったのだ!」
盗んだものなどを保管している倉庫に入っていくと、大剣を担いで出てきた。
彼女の小さな身体よりも大きな剣だ。
こんな武器、あの身体でどうやって扱うんだろうと思っていると、
「少年、恩に着るのだ! もしまたどこかで会う機会があったら、ぜひお礼をさせてくれなのだ! では!」
最後まで名乗ることもなく、それだけ告げて彼女は去っていった。
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