48.破滅の足音
シャドウ・ウルフの群れから逃げるため、俺たちは来た道を引き返していた。
かなり距離を稼いだのに戻るのは悔しいが、命には代えられない。
シャドウ・ウルフはオーク同様、鼻が利く。
あの場に残った俺の匂いから追跡される可能性もあるし、今も気を抜く事は出来ない。
「なんか俺って、つくづくシャドウ・ウルフと縁がある気がするな……」
主に嫌な方向で。
ホームセンターでも、アイツら何故か、俺の方に向かってきたし。
最初にシャドウ・ウルフを轢いたせいで、無駄にアイツらのヘイトを稼いでるんじゃないかって、邪推してしまう。
「とりあえず、ちょっと休もうか」
「わん」
自販機を背もたれに地面に座る。
今のところは『索敵』や『危機感知』は反応していないので大丈夫だと思いたい。
喉が渇いたので、アイテムボックスから、スポーツドリンクを取り出す。
モモも欲しそうだったので、お皿に入れて出す。
勿論、犬用の奴だ。
喉を潤しつつ、俺は先ほどのオークとの戦いで手に入れた肉切り包丁を取り出した。
「『オークの包丁』……か」
名前そのまんまやね。
刃渡り八十センチ程か。
錆びついてないし、切れ味もよさそうだ。
試しに少し振り回してみる。
うん、この位の重さなら問題ないな。
これからは包丁よりも、こっちを使うか。
別にモンスターの使っていた武器だからとえり好みをする気も無いし。
と言っても、俺の主戦法がアイテムボックスと奇襲である以上、まともな剣の打ち合いになる事は殆どないだろう。
というか、なったら困る。
それでも強い武器があるに越したことはない。
ある程度は、『剣術』や『急所突き』で補えるだろうし。
そういや、西野君のグループに居た女子高生もこんな武器使ってたな。
あっちは鉈だけど。
「あ、一応メールチェックしておくか……」
メール画面を開くと、予想通り『未読』が増えていた。
……返信は最後の奴だけに送ればいいか。
「ん……?」
適当に流し読みをしてると、一番新しいメールに気になる内容が書かれていた。
「オークの群れを見た……?」
そこには、オークの群れを見たので気を付けて下さいと言う内容が打ちこまれていた。
受信時刻は、今から数分前。
俺がシャドウ・ウルフから逃げ回ってたときか。
……オークの群れ。
真っ先に思い浮かんだのは、ショッピングモールに居たアイツらだ。
読み進めると、『赤銅色のオーク』と言う単語が出てきた。
間違いない、アイツだ。
もしかして、獲物を探して移動したのか?
なんて厄介な。
しかも見つけた場所は、ここからそう遠くない。
昨日、俺がホブ・ゴブリンたちと戦った周辺だ。
そちらの方へ意識を向けると、確かに『嫌な感じ』がした。
コンビニで、ショッピングモールへ向かおうと思った時と同じ感覚だ。
どうやら、イチノセの情報は本当の様だな。
これは素直に感謝しないとな。
お礼のメールを送信しておく。
……ほんの数十秒で、返信が来た。
だから、はえーよ!
というか、イチノセさんや。
俺に返信してる暇があったら、アンタもさっさと逃げればいいだろうに。
「うーん……」
というか、困ったな。
何気にこの周辺にモンスターが増えている気がする。
特に警戒が必要なのが、シャドウ・ウルフの群れと、オークの群れ。
この二つの群れの所為で、動けるルートがかなり限られてしまった。
最初のルートから大きく遠回りする必要があるな。
まあ、仕方ないか。
時間はかかるが、安全第一で行かなくては。
……ん?待てよ。
そう言えば、あの周辺ってホームセンターも近くにあったよな。
……西野君たちは大丈夫だろうか?
まあ、上手く逃げる様な気はするけどね。
さて、どういうルートを通るべきかな……。
一方その頃、ホームセンターにて―――。
西野は戻ってきた柴田から、何があったのかを聞いていた。
戻ってきた柴田はボロボロで、軽いパニック症状を起こしていた。
応急処置を終え、落ち着きを取り戻したのを見計らい、何があったのかを尋ねる。
柴田はぽつぽつと語った。
探索範囲を広げ、ショッピングモールに向かった事。
そこであり得ない程の強さを持ったオークに出会った事。
そして、自分以外は全滅した事。
包み隠さず全てを話した。
「そうか……」
柴田の話を聞き終えた後、西野は天井を仰ぎ見ながら、そう呟いた。
「事情は分かった。良く逃げてきてくれたな、柴田……」
労わる様に、肩に手を乗せる。
「……西野さん。俺、最低っす。ダチ見捨てて、一人で逃げてきて……くそ!ちくしょう!」
柴田は悔しそうに拳を握る。
行き場のないやるせなさを感じているのだろう。
普段はガラが悪く短気だが、柴田の仲間を思う気持ちは本物だった。
「ああ、分かってる。でも柴田、お前まで死んだら、俺たちはその情報を知らないままだった。お前の行動は立派だよ。恥じる事じゃない」
「……ッ」
その言葉に、柴田は思わず視線を逸らす。
「納得できないか?じゃあ、言い方を変えよう。もしお前が彼らに悔いる気持ちがあるなら、少しでも生き延びる事を考えるんだ。そうでなければ、あいつらは何のために死んだ?お前は何のために、彼らを見捨てた?行動に意味を求めるのなら、死んだアイツらに本気で報いたいなら、お前自身が少しでも生き残る様に努力し続けるんだ。……いいな?」
「……うっす」
反論の出来ない西野の慰めに、柴田は頷くしかなかった。
まだ納得は出来ていないようだが、後は本人に任せるしかない。
(……もし、立ち直れないときはその時だな)
西野は顔には出さず、心の中でそう思う。
「んで、ニッシー、これからどうすんの?」
会話が終わったのを見計らって、ギャルっぽい女子高生六花が声を上げる。
こんな時でも緊張感のない彼女の口調に、西野は苦笑した。
「……そうだな。それだけ強いモンスターが居る以上、どこか別の場所に移動するしかないな」
「他の場所って?」
「学校か、市役所辺りかな。どちらも距離はここから離れてるけど、設備はここより整っている筈だ。多分、他の避難民も集まってるだろう」
「受け入れてもらえるの?多分、向こうだって余裕ないんじゃない?」
「交渉するさ。ともかく、ルートを決めて、準備が整い次第すぐに移動しよう」
西野は地図を広げる。
この人数で移動できるルート。
それも出来るだけ安全にとなると、どう進めばいいか。
地図に視線を移しつつ、これからの事を考え始めた―――その瞬間だった。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」
モンスターの叫び声が聞こえた。
建物全体が震えるかのような、強い叫び声が。
「敵襲!敵襲うううううう!」
「モンスターだ!オークの群れが現れたぞー!」
入口の方から声が聞こえてくる。
「……どうやら、向こうの方が一足早かった様だな」
「……みたいだね」
二人は武器を構え、すぐに入り口へと向かった。