94.話し合いとこれから
朝食―――といっても、パンと缶詰め――をリュックから取り出す。
一応、アイテムボックスの事はまだ伏せておいた方がいいだろう。
こういう時の為に、リュックを常備してたんだしな。
ホームセンターでのこともあるし、余計な不信感は持たれない方がいい。
ちなみにモモは影の中。アカは擬態中だ。
少なくとも、今はコイツらも隠しておいた方がいい。
スキルを扱う犬や、擬態するスライムなんて、それだけで警戒される可能性がある。
ましてや、『魔物使い』って脅威を目の当たりにした後ではなおさらだ。
「ご飯……」
パンや缶詰を見て、六花ちゃんはくぅとお腹を鳴らした。
頬が朱く染まる。お腹が減っているのだろう。
続いて、俺の方を見る。
『誰?』って感じの表情だ。
ま、六花ちゃんにしたら、俺はほぼ初対面だしな。そんなもんだろ。
「どうも、おはようございます。今、朝食の準備をしているので、少し待って下さい」
「え、あ……はい?」
六花ちゃんは?マークを頭に浮かべながら、呆然と立ち尽くす。
そうしている内に、イチノセさんが気絶から目覚めた。
「―――ハッ!?こ、ここは……?」
「おはようございます、イチノセさん」
「あ、はい、カズ……クドウさん、おはようございます」
うん、二度目だけどね。
さっきまで白目剥いて泡吹いてたのは言わないでおこう。
「え?ナッつんの知り合い……?」
「あ、リッちゃんもおはよう。怪我はもう大丈夫?」
「え、あ……うん」
「そう、よかったぁ……」
絶賛混乱中の六花ちゃんをよそに、イチノセさんは無い胸をなでおろす。
そして、キョロキョロと周囲を見て、次いで俺の方を見た。
モモたちがいない事に気付いたのだろう。
(―――今はまだ内緒です)
(……分かりました)
アイコンタクト。
ある程度は事前に話しておいたしな。
俺がモモやアカを隠している理由を察してくれたのだろう。
朝食の準備を済ませると、適当に腰かける。
「どうぞ、食べて下さい」
六花ちゃんはしばらく無言だったが、イチノセさんが食べ始めたのを見て、ようやく自分の分に手を付けた。
「ッ……!お、美味しい……」
途端、六花ちゃんはガツガツと食べ始めた。
よほどお腹が減っていたのだろう。
後から聞いたのだが、この五日間まともに食事をしていなかったらしい。
涙を流しながら、夢中でパンや桃缶を頬張っていた。
「……お代わりもありますが、要りますか?」
「ッ……!」(コクコク)
その後、食後のコーヒーを淹れて、一息つくとようやく落ち着いたようだ。
お腹をさすりながら、満足げなご様子。
「あー、おいしかったー!ごちそうさまでした!」
最初の頃の警戒心はどこへやら。
食べ終える頃には、すっかり六花ちゃんは笑顔になっていた。
さて、これでようやくまともに話が出来そうだな。
俺は改めて、六花ちゃんに事情を説明する。
俺がイチノセさんの仲間である事や、ここへ来た経緯などだ。
俺一人なら怪しまれるだろうが、間にイチノセさんが入る事でそれも緩和される。
事実、六花ちゃんは俺の言う事をあっさりと信じた。
まあ、アイテムボックスやモモたちの事は多少ぼかして話したけどね。
「なるほどー、ナッつんたちも大変だったんだねー」
「うん。でも、わ、私は……その、クドウさんが一緒に居たから、なんとかなったけど……リッちゃんだって大変だったんでしょ?」
「まあね。ニッシーとも逸れちゃったし、柴っちや大野んもどこに居るか分からないし……」
六花ちゃん達がここへ来た経緯も教えて貰った。
ホームセンターでハイ・オークに襲われたことや、その後、謎の人物(俺)に助けられたこと。
ショッピングモールで、石澤さんや魔物使いの子と合流し、ここへやってきたこと。
六花ちゃんの説明は意外にも分かりやすかった。
説明が上手なのは、元々のコミュ力のおかげだろうか?羨ましい。
イチノセさんなら絶対途中で噛むか、具合が悪くなっていただろう。
「なるほど……。それで、相坂さんはこれからどうするつもりなのですか?」
「どうするって?」
「お仲間がいるのでしょう?彼らを探すのですか?」
「それは、まあ……そうなんだけど……。でも、どこに居るか分からないし、連絡も取る方法ないし……」
確かに今のこの世界は携帯もネットも使えない不便極まりない世界だ。
でも、代わりにスキルでそれを補う事は出来る。
「それでしたら、いい方法がありますよ。ご自身のスキル追加獲得可能欄を見て下さい。そこに、『メール』というスキルが載っていませんか?」
「へっ、メ、メール……?」
首を傾げながらも、六花ちゃんは自分のステータスを確認する。
「……あ、ほんとだ。『メール』っていうのがある」
「それは離れた相手にも連絡を取り合えるようになるスキルです。まあ相手が『メール』を取得していない場合は、一方的にメッセージを送るだけになりますが、相手も『メール』を取得すれば互いに連絡を取り合う事が出来ます」
「へぇ……でも、なんでこのスキルがあるの?」
「昨日、食堂でイチノセさんがアナタにメールを送ったでしょう?誰かからメールを受信すると、『メール』が取得可能になるんです」
「あ、そう言えば……。やっぱり、昨日のアレは、ナッつんだったんだね。ありがと、ナッつん」
「う、うん……」
「スキルポイントは余分にありますか?1ポイントあれば、取得できますが……」
「あるよ。昨日の戦いでレベル二つも上ったし。とるとる」
六花ちゃんは素早くステータスプレートを操作し、画面をタップする。
「へぇー、これ凄いね。アドレス帳とかもあるんだ。ホントにスマホみたい。ナッつんやおにーさんの名前も入ってる。あ、ニッシーの名前もあった。ねえねえ、ナッつん、試しにメール送ってみても良い?」
「え?う、うん、いいよ……」
新しいスキルが嬉しいのか、六花ちゃんは嬉々としてイチノセさんとメールのやり取りをする。
俺もあんな風に普通にメールのやり取りしたかったなぁ。
鳴り止まぬ受信音。メール47件。
アレは嫌な事件だったよ……。
「すっごい便利だね、このスキル。ねえ、おにーさんにも送ってみていい?」
「ええ、構いませんよ」
それにしても、六花ちゃんの俺の呼び方って「おにーさん」なのか。
うーん、年頃の巨乳女子高生にそう呼ばれるのって中々くるものがあるな、ふふっ。
『メールを受信しました』のアナウンスすら心地いい気がする。
トラウマが浄化されていくようだ……。
「……クドウさん、なに考えてるんですか?」
「ッ……!」
ざわっと寒気がした。
見れば、イチノセさんが半目でじーっとこちらを見つめている。
「……な、何でもありませんよ。さて、メールの実演はもう十分でしょう。それを使えば、西野君たちと合流は十分可能だと思いますが?」
「うん、そうだね。でも……」
六花ちゃんはイチノセさんの方を見る。
「ねぇ、ナッつんは、これからどうするの?」
「えっ?私?あ、私はその、えっと……あっつ!」
急に話を振られ、イチノセさんはキョドり、コーヒーをこぼす。
流石、現役のコミュ障。話題を振られた時の慌てっぷりが尋常じゃない。
「あ、ちょ、大丈夫?もーまだ治ってないんだ、そのキョドり癖」
「そ、そんな簡単に治るわけないじゃん!普通に話せるのだって、リッちゃんやクドウさんくらいだし……」
「クドウさん、ねぇ。……ふーん」
コーヒーを拭きつつ、イチノセさんは俺を見る。
「あの、クドウさん……。私達はこれから、どうするんですか?」
「そうですね……。当初の予定通り中央市場か、農協へ向かおうかと思ってますが……」
学校には本当は寄り道のつもりで来たわけだし、これからは当初の予定通り物資の確保と、安全な拠点探しを再開すべきだろう。
モンスターがあふれるこの世界で、安全な場所など有るかどうかは分からないが、無いと諦めてしまうのは早計だしな。『安全地帯』の様な場所だってあるかもしれない。
「あの……だ、だったら―――」
「途中まで、相坂さんと一緒にですか?」
イチノセさんの言葉に被せる様に俺は言う。
するとイチノセさんは、コクコクと頷いた。
六花ちゃんも、ぱぁっと明るい表情になる。
西野君たちの事は心配だが、やはりイチノセさんと一緒に居たいのだろう。
「その……リっちゃんなら大丈夫です。……お願いです、信じて下さい」
そう言って頭を下げる。
よほど彼女の事を信頼しているのだろう。
真摯な瞳が、じっと俺を見つめてくる。
しばらく見つめ合った後、俺はふぅとため息をついた。
「……分かりました。そこまで言うのなら。……お前らもそれで良いか?」
俺がそう言うと、足元の影が震え、服に付いたフードが震える。
二匹ともだいじょうぶーと言っている様だ。
「おにーさん、誰と話してるの?」
「相坂さん、隠していましたが、実は俺達にはまだ仲間がいるんです」
「え、そうなの?」
「ええ、今紹介します。ですが、決して驚いて彼らに襲い掛からないで下さいね?」
「……?」
六花ちゃんは俺の言葉の意味が理解出来ず、首を傾げた。
「モモ、アカ、出てきていいぞ」
足元の『影』が広がり、俺の服の『フード』が形を変える。
モモとアカが姿を見せた。
「わんっ」
「……(ふるふる)」
突然現れた二匹に、六花ちゃんは目を丸くする。
「えっ、なにこの可愛いわんちゃん?というか、今、足元から出てきたような?……それに、え、ス、スライム?なにこれどういうことーーー!?」
うーむ、この子、いちいち反応がオーバーリアクションだな。
おかげですっごい揺れてる。何がとは言わないが、ありがとうございます。
「紹介します。俺達の仲間で、柴犬の方がモモ。スライムの方がアカと言います」
「仲間……?わんちゃんの方はともかく、そのスライムも仲間なの?」
「はい。モモも、アカも俺たちの大切な仲間です」
六花ちゃんは口を開けて呆然とする。
「は、はは、何かもういろいろ衝撃過ぎだよぅ……。ナッつんの仲間って凄いね……」
「うん、私もそう思う」
モモをモフりながら、苦笑するイチノセさん。
つられて六花ちゃんもモモを撫で、アカをツンツンする。
「や、柔らかい……!ヤバっ、何この子、ちょう可愛いんだけど」
どうやら、驚きはしたが受け入れてくれたようだ。
アカを胸元に抱き寄せて、その感触を楽しんでいる。
ぷるんぷるん、ぽよんぽよん。……ありがとうございます。
「さて、それじゃあ、相坂さん。西野君にメールをお願いします。それと、出来れば相坂さんのレベルやスキルを教えて―――ッ」
「……ん?どうしたんですか、クドウさ―――あ、モモちゃん!?」
俺の動きに呼応するように、モモはイチノセさんの膝の上を離れ、俺の傍に駆け寄る。
「……『索敵』に反応がありました。モンスターの気配です」
そう言うと、場の緊張感が一気に高まった。
イチノセさんは無言で銃を構え、モモとアカも臨戦態勢に移行する。
六花ちゃんも察したのか、すぐに武器を構えた。
「そのままでいて下さい。先ずは俺が確認します」
反応があったのは、校舎の中ではなく外だ。
夜が明けて、モンスターたちも活動を再開したってとこか。
でも……なんだろう、この違和感は?
モンスターの気配にしてはなにか妙だ。
人ではない事は確かだけど……。
一体、なんだろうか?
ゆっくりと壁の隅から、外の様子を窺う。
「……なんだ、あれ?」
視界に映り込んだその意外な生物に、俺は目を丸くした。