45.EXステージ3 その3
「ウガァァア……ァォォォ……」
「よし、これで動けないはずだ。猿共、今のうちにロープで縛って、どこかに隔離しといてくれ」
「ウキキッ!」
森猿たちはロープで縛った門番を担いで連れてゆく。
「お、おい……アイツは大丈夫なのか?」
「知らん。治す方法が分からん以上、拘束して隔離するしかないだろ」
とりあえず門番に『不快』が効いたのはラッキーだった。
『麻痺』のデバフを受けて無力化出来たが、治し方が分からない以上、どうしようもない。
拘束して隔離するのが最善だろう。
村長は少し驚いた表情で、俺たちを見つめる。
てっきり見殺しにされるとでも思ったのだろう。
「……アンタ、我々のことを嫌ってたんじゃないのか?」
「嫌いだよ。大嫌いだ。出来るだけ苦しんで死んでほしいって思ってるよ」
メイちゃんや亜人たちが受けた苦しみを考えれば、それくらいは当然だろう。
それくらいのことを、彼らは長年積み重ねてきたのだ。
「なら――」
「でも、それとこれとは別だ」
だからといって、こんな状況で訳も分からんまま死んでほしい訳じゃない。
きっちり反省して、きっちり罰を受けて、そうやって自分がやったことを悔やんで、それから死んでほしい。
「それに……ここで見捨てたら、俺は亜人を差別してたアンタらと同じになっちまうだろうが」
「ッ……」
俺の言葉に、村長は渋い顔をした。
「アンタらをボコボコにしている時、すごく嫌な気分だったよ。なあ、村長。アンタ子供は居るのか?」
「……息子が二人、娘が一人いる」
目を逸らしながらも、村長は答えた。
「その子たちを、俺があの化け物を倒すために囮に使うってなったら、アンタは俺のことをどう思う?」
「……殺してやりたい。憎んでも憎み足りないだろうな」
「その気持ちを抱えて、メイちゃんはずっと生きてきたんだ」
「ッ……」
「アンタはもう無理かもしれないけど、子供たちならまだ可能性はある」
「……改宗しろと?」
「子どもに道を示すのは親の務めだ。アンタが決めろ。子供たちにどんな未来を生きて欲しいかを」
「……」
大事なのは『納得』だ。
これは自分の気持ちを納得させるための行動。
コイツらが今後、どうなるかなんて知ったこっちゃないが、それでも種くらいは蒔いておきたい。その種が芽吹くかどうかは、コイツら次第だ。
「まあ、それも全部、ここを生き延びてからだけどな。ほら、とっとと逃げろ。もうすぐ二発目がくるぞ」
「ッ……わ、分かった」
見れば、巨大猿の腕は既に八割近く再生していた。
村長はすぐに逃げ出す。
ワンダさんの方を見れば、鼻を鳴らし、どこかを指さした。
「あそこ! ガォン見つけた! 茂みの奥」
よく見れば、茂みの陰に一人の亜人が縮こまって隠れているのが分かった。
『特定NPCを発見しました』
『ガルル・ガォン』
『特定NPC 3/8』
よし、三人目。
茂みの方へ近づくと、ガォン君がびくっと震えてこちらを見てきた。
見た感じ、メイちゃんと同じくらいの年頃か。
余程怖かったのか、茂みから飛び出して、ワンダさんに抱き着いてきた。
「わ、ワンダ兄……これ何が起こってるの? こ、怖いよぉぉ……」
「ん……よしよし、もう大丈夫」
ワンダさんはぽんぽんと背中を軽く叩きながら落ち着かせる。
「ワンダ、アンタはこの子を連れて、先に行きな。こっから先はアタイが引き受けるから」
「ん……、ごめん。コロロさん、あとはお願い」
「それじゃあ、護衛をつける。気を付けてくれ」
魔術猿と戦士猿を召喚し、ワンダさんとガォン君の護衛に付ける。
二人を見送ると、村の別の方角から煙が上がった。
「……見つけたのか。よくやったっ」
あれは森猿たちに持たせていた発煙筒だ。
五本入りで2,000イェン。
持たせておいてよかった。
「リュウさん」
「ああ、あっちだ!」
俺たちはすぐに狼煙の上がっている方へと走った。
途中で泥を浴びて正気を失ってる村人たちを無力化しておく。
無力化した村人たちは森猿にロープを渡して、拘束し、適当なところへ運んでもらう。
猿たちが想像以上に献身的に動いてくれてるな。本当に大助かりだ。
「――見つけた」
しばらく走ると、森猿たちがこちらに向けて手を振っていた。
その少し離れた場所に、四人の亜人が逃げ回っているのが見える。
(おお、見るからに獣人って感じの人たちだな)
メイちゃんやワンダさんたちは人寄りって感じの亜人だが、彼らは獣寄りだ。
いわゆる馬面のような輪郭に、牛特有の鼻や耳を持ったまさに獣人って感じ。
体格も大きく、肌も牛柄の体毛に覆われている。
「彼らがズニィーシャ一家か?」
「ええ、そうよ。四人家族でンモゥさんがパパさん」
『特定NPCを発見しました』
『ズニィーシャ・ンモゥ、ズニィーシャ・ムーム、ズニィーシャ・モーモ、ズニィーシャ・ヒヒーン』
『特定NPC 7/8』
牛の亜人で、名前がンモゥやモーモーって……。
メイちゃんたちもそうだけど、亜人ってその動物の鳴き声みたいな名前を付ける風習でもあるのか?
いや、だとしたら最後の人、おかしくない?
ヒヒーンは馬だよね? ……まさかハーフ? いや、今考えることじゃないな。
「ンモゥさん!」
「コロロさん! 良かった、無事だったんだね。これはいったい何が起こってるんだ? それにその隣の見るからに怪しい男は誰なんだい?」
「説明はあとでするよ。この人は信用出来るから安心しておくれ。ともかく今は避難が先だよ。ワンダやメイちゃんたちも無事さね」
「そうか……よかった。分かった、どこへ向かえばいいんだい?」
彼らにも事情を話し、猿たちを護衛に付けて向かわせる。
素直に信用してくれる辺り、よほど彼らの信頼関係は固いのだろう。
これで七人。残りはあと一人だ。
「アタイはンモゥさんたちを連れていくよ。残ったニャンマルだけど、あのバカ猫なら絶対生きてると思う。隠れてそうな場所には心当たりがあるから、そこを探して貰えるかい?」
「分かった。場所を教えてくれ」
「ああ、それと念のために――」
コロロさんに場所を教えてもらい、そちらへ向かう。
見れば、巨大猿の腕は既に九割以上再生していた。
すぐにでも次の攻撃が来てもおかしくない。
早く見つけないと。
コロロさんに教えてもらったのは、俺が変装して潜り込んだ入り口の近くだ。
この辺の茂みに隠れていると、コロロさんは言っていたが……。
「ニャンマルさーん! どこだー! ニャンマルさーん!」
名前を呼ぶが返事は帰ってこない。
でも、どこからか視線は感じる。
『アイツは知らない奴が相手だと隠れて出てこないから、こう言ってやりな。いいかい――』
コロロさんの言葉を思い出す。
……あれ、言うのかぁ。
でも仕方ない。時間がないんだ。
すぅっと息を吸い込み、口に手を当てて俺は叫ぶ。
「にゃん〇す~~~」
「にゃ〇ぱすじゃなくてニャンマルだにゃ~~~~~ッ!」
突っ込みと共に、木の上から猫の亜人が現れる。
ほんとに出てきたよ。
現れたのは十代後半と思しき亜人の少女。
猫の耳に、猫の尻尾、おまけに語尾がにゃぁとか、まさにザ・獣人って感じの女の子だった。うーん……可愛い。
『特定NPCを発見しました』
『ニャンマル』
『特定NPC 8/8』
よし、これで全員。
なんとか無事に見つけることが出来た。
「お前、見ない顔だにゃ。にゃんでミーたちの合言葉を知ってるにゃ?」
「コロロさんに教えてもらったからだよ」
「はぁ!? あのババア、にゃんでこんな見るからに怪しい変態に?」
ババアってコロロさんのことか?
二十代にしか見えないけど、あの人ってそんなお歳なの?
「話は後だ。ともかく逃げるぞ。他の亜人の皆も、もう集まってる」
「い、嫌にゃ! 誰がお前みたいな怪しい変態に付いていくか! ふしゃ~~!」
ニャンマルさんはこれ以上近づくなと威嚇してくる。
うーん、ごもっとも。俺だって緊急時じゃなければ、こんな変態に付いていこうなんて考えないだろう。
なので――。
「そ、それ以上近づいてみろ! ミーの爪でひっかいて……や、る……にゃふぅ……」
「おっと」
その場に倒れそうになるニャンマルさんを慌てて支える。
肩で担ぐと、茂みから魔術猿が姿を現した。
「よくやってくれた」
「ウッキィ♪」
彼女と揉めるのは予想してたからな。
なので事前に魔術猿に近くの茂みに隠れてもらい、『睡眠』のデバフ魔法を掛けてもらったのだ。
「よし、これで特定NPCは全員、保護した。皆の元に向かうぞ」
「きゅー♪」
「ウッキー♪」
俺たちは雷蔵たちとの集合場所へと向かって走る。
ステータス画面を確認すると、クリア条件の横にタイマーが表示されていた。
『クリア条件 一時間生存する。 残り40:21』
残りあと40分か……。
見れば、巨大猿の腕の再生も終わったようだ。
(さあ、ここからが本番だ)
彼らを守りつつ、残り40分を生き延びなければいけない。
やってやろうじゃないか。
あとがき
特定NPCメンバー
ワンワン・ワンダ 犬の亜人 14歳 いい子、心が強い
ガルル・ガォン 犬の亜人 10歳 いい子、ワンダの従弟
ズニィーシャ・ンモゥ 牛の亜人 42歳 苦労人、傷いっぱい
ズニィーシャ・ムーム 牛の亜人 37歳 奥さん、色々限界
ズニィーシャ・モーモ 牛の亜人 11歳 長男、我慢できる子
ズニィーシャ・ヒヒーン牛の亜人 10歳 次男、辛くて死にたいと思ってる
コンコォーン・コロロ 狐の亜人 54歳 見た目二十代、こんな村滅びちまいな
ニャンマル 猫の亜人 16歳 ややおバカ、孤児、人間嫌い