75.血塗られた養護院の闇を暴け 前編
コロロさん、ニャンマルさんと共に件の養護院へと向かう。
養護院は魔女の道具屋と同じく町はずれの郊外にあったので、人目につかずに移動することが出来た。
「着いた。あそこだよ」
「ずいぶんと大きいな……」
離れていてもはっきりと分かるほどに、大きな建物だった。
それこそ、養護院としては不釣り合いなほどに。
それに敷地を囲うように不自然に高い壁が敷かれている。
(今回はオープンフィールドのままか……)
呪術猿の時は、ストーリーが始まった瞬間、森に移動したが、今回はそのまま続くようだ。
でもちゃんとフィールドマップも表示されている。
「改めてみるとでっかい壁だにゃあ。こりゃあ、忍び込むだけでも手間がかかりそうだにゃ」
「いちおう、敷地内の見取り図はあるけど、警備がどう配置されてるかまでは分かんないから、慎重に行くしかないね……」
「……二人とも、ちょっと待ってもらえるか?」
俺は忍び込もうとする二人に待ったをかける。
「コロロさん、見取り図を貸してくれないか?」
「ああ、良いよ」
俺は収納リストからペンを取り出すと、見取り図に点をつけていく。
「職員が居るのはここと、ここと、ここだな。亜人の子供たちは、一階のこの辺に集まってるみたいだ。院長は……多分、ここかな。どうやら地下施設もあるみたいで――」
「ちょ、待って、待って」
「え?」
コロロさんが慌てたように待ったをかける。
なんだ? 分かりにくかっただろうか?
「なんで見てきたように中の様子が分かるんだい?」
「え、あー」
フィールドマップを見たからです、なんてどう説明すればいいだろうか?
俺がどう説明しようか迷っていると、コロロさんはハッとした表情になった。
「そうだった。リュウさんは『ぷれいやー』だったね。ひょっとして、それもぷれいやーが持ってる不思議な力なのかい?」
「え、ああ……うん、それっ」
「なるほどね……。リュウさんが居てくれて本当に良かったよ」
なんか勝手に納得してくれた。
でも間違ってないので、そのままにしておこう。
「警備の方は俺がなんとかするよ。ちょっと驚くかもしれないけど、静かにしてくれ」
「……? ああ、分かった」
「なにする気にゃ?」
俺は収納リストから『魔女の心臓』を取り出す。
水晶が淡く光ると、再び四体のモンスターが姿を現した。
「なっ!?」
「ふにゃぁ!?」
驚くコロロさんとニャンマルさん。
「安心してくれ。コイツらは味方だから」
「み、味方……?」
「どう見ても、味方の見た目じゃないにゃ……」
震える二人に大丈夫となだめながら、魔女の眷属たちの方を見る。
すぃっと呪い人形が前に出る。
『ヨンダ?』
「ああ、またお前たちの力を借りたい」
やはり魔女の道具屋での召喚は、制限回数にカウントされないようだ。
俺は彼らにやってほしいことを伝える。
「お前とそっちの幽霊は、夜空と同じく『睡眠』が使えたよな? それでこの建物の中に居る職員たちを無力化してほしいんだ」
『分カッタ』
『■■■……』
呪い人形と幽霊は頷く。
正確には睡眠というよりも、呪いによる強制的な昏睡状態というべきか。
嘆きの亡霊は召喚する配下の幽霊を取りつかせることで、呪い人形は範囲デバフをばら撒くことで、それぞれ対象の意識を奪う。
デイリーダンジョンでは嘆きの白相手には通用しなかったが、こっちなら通じる可能性が高い。
あと幽霊も声を上げるのか。何言ってるかはさっぱり分かんないけど。
「相手の配置はこんな感じだ。頼んだぞ。成功したら、戻ってきてくれ」
『ウン、行ッテクル』
『■■■■……』
すぃーっと呪い人形と嘆きの亡霊は壁をすり抜けて、敷地内へ入っていった。
便利だなー、壁抜け。
待ってる間、俺は次の準備を進めておく。
それから数分後、彼らは戻ってきた。
『終ワッタヨ』
「ありがとな」
どうやら無事に成功したようだ。
良かった。
「それじゃあ、後は敷地の外で見張りを頼む。誰かが逃げ出そうとしたら、足止めをしてくれ」
『分カッタ』
呪い人形が残りの三体に指示を飛ばし、それぞれの持ち場へ向かってゆく。
それを見届けてから、俺はコロロさんとニャンマルさんの方を見た。
「それじゃあ、中に入ろう」
「……もうリュウさんだけでよくない?」
「ミーもそう思うにゃ」
俺が凄いんじゃないよ。
彼らが優秀なだけだ。
俺たちは敷地内に入ると、堂々と移動する。
(よし……どいつもこいつも、ちゃんと気を失ってるな)
職員たちは壁にもたれかかったり、椅子に座ったまま微動だにしない。
呪い人形たちの呪いはしっかりと効いているようだ。
(……見た感じ、彼らは普通の人間だな)
近づいて確認してみたが、職員たちはどこからどう見ても普通の人間に見えた。
年配の女性が多く、武装の類も見られない。
てことは、モンスターは別に居るって事か?
(クリア条件はNPCの救出、またはモンスターの全滅だったな)
つまり、それは敵対するモンスターが居ることに他ならない。
用心しながら進むと、通路の脇にやけに不自然なくぼみを見つけた。
ひょっとしたらと思い、そちらを確認する。
『闇夜のマントを手に入れました』
……どうやらちゃんと隠しアイテムは配置されているらしい。
くそっ、ちゃんとあるならマッピングも確認しなきゃいけないじゃねーか。
今までの法則からいけば、後は宝箱が一つ、どこかにあるはずだ。
やるべきことが一つ増えてしまった。
「ここが子供たちのいる場所だな……」
鍵は掛かっておらず、部屋の中で子供たちがすやすやと寝息を立てていた。
「眠ってるようだね」
「どうするにゃ? このまま連れ出すのは難しいにゃよ?」
「大丈夫だ。人手なら足りてる」
俺はバインダーから、猿たちを二十匹ほど召喚する。
今回の派遣でレベルを上げた猿たちだ。
召喚した直後に、静かにするよう合図すると、彼らは声を上げずに静かに指示を待ってくれた。おお、流石、忠誠度高い以上の猿たちだ。優秀である。
「お前ら、この子供たちを運ぶのを手伝ってくれ」
「「「「……ウキィ」」」」
俺は猿たちにロープを渡すと、猿たちはテキパキと子供たちを背負い始めた。
ロープで固定しておけば、万が一起きて暴れられても問題ない。
猿たちのレベルなら、逃がすこともないだろう。
「コロロさんとニャンマルさんはこのまま、猿たちと一緒に外へ離脱を。俺は院長の方へ向かう」
「わ、分かった」
「……これ、マジでミーたち必要だったにゃ?」
えっほ、えっほと子供たちを運んで行く猿たちとコロロさんたちを見送ると、俺は院長パルゴスが居るであろう場所へ向かう。
こっからは本格的な戦闘になるかもしれないので、雷蔵たちも召喚する。
俺は口に指を当てて、雷蔵たちについて来いと指示を出す。
「……ウガォ」
「……きゅぅ」
「……きぃ」
『……ボ』
雷蔵たちも状況は把握しているのか、静かに付いてきてくれた。
雲母も何も言わずともバフを掛けてくれる。
魔法猩々に進化した夜空もぴたりと俺の横について歩く。
チラチラとこちらを見てくる。
うーん、進化した見た目を褒めて欲しいんだろうけど、後でな。
「――よし、ここだな」
たどり着いた場所は、敷地内にある礼拝堂だ。
フィールドマップによれば、ここから地下にある施設に入れるらしい。
カーペットを捲ると、地下に続く階段があった。
あとついでに隅に宝箱も置かれていた。
中身は25,000イェン。よし、これで隠しアイテムも回収できた。
「……酷い匂いだな」
階段を降りると、ひどく血生臭い匂いがした。
地下にはいくつもの牢屋があり、その中には冷たくなった亜人の子供たちが何人も転がっていた。
(……惨いことをする)
コロロさんの言っていたことは事実だったようだ。
さらに奥に進む。
開けた場所に出た。
石畳で囲まれた、蝋燭の灯だけで照らされた薄暗い室内には、あちこちに血しぶきが散乱していた。棚には無数のガラス瓶が置かれ、壁にはメスのような小さな刃から、鋸まで様々な道具が立て掛けられている。
「ほぅ……ここに忍び込む賊が居るとは。上の者たちは何をしていたのかね」
そこには眼鏡をかけた人のよさそうな笑みを浮かべた老人が居た。
彼の目の前に置かれたテーブルには亜人の少女が寝かされている。
目も虚ろで、全身を鎖で拘束されているようだ。
「……お前が院長パルゴスか?」
「如何にも。そういう君たちは……いや、本当に何者かね? 何故そんな変た――いや、奇抜な格好をしているるんだい?」
……ねえ、今ひょっとしてちょっと気ぃ使った?
何? 俺、敵から見ても変な格好してるの?
してるわ。というかコイツ……。
「……答えると思うか?」
「そうだね。ならば、無理やり聞き出すとしよう」
パルゴスは手に持った注射器を少女の腕に刺す。
次の瞬間、虚ろだった少女の目がカッと見開き、全身の血管が浮き出る。
「アァ……アァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
ボコボコと少女の体は肥大化し、やがてその体は巨大な醜い化け物へと変化したではないか。
鎖を引き千切り、ブヨブヨの足で立ち上がる。
肉人形。そんな言葉が頭をよぎる。
『オァァ……ギョォァァ……』
『モンスター図鑑が更新されました』
『モンスター№15 亜肉ゴーレム
亜人を媒介に、様々な薬剤を投与することで生まれた化け物
主の命令に従い、ただ敵を殺すためだけに存在する
心を壊され、肉体を弄ばれ、少女は世界を呪い続ける
いつか自分を殺してくれる存在が現れるまで
討伐推奨LV20』
「……」
モンスター……、モンスターね。
なるほど、そういうことか。
亜人の養護院、人体実験。
嫌な予感ほど当たるもんだ。
まさかモンスターの正体が、改造された亜人の少女とは。
「オボォォ……」
「ふはははは! さあ、504号よ! ソイツらを皆殺しに――」
「――『女神の雫』」
少女が動き出そうとした瞬間、俺は彼女目掛けて『女神の雫』をぶっかけた。
「オボォォ…………ぁ」
その瞬間、ただの巨大な肉の塊だった体はみるみる縮まり、数秒で元の少女の姿に戻った。
そのまま気を失ったのか、床に倒れこもうとするのを支える。
「……は?」
パルゴスはぽかんとした表情になる。
何が起こったのか、理解できていないのだろう。
俺は雷蔵に少女を預けると、一気に加速して、思いっきりパルゴスの顔面に拳を叩き込んだ。
「おごぁ!?」
パルゴスは壁に叩きつけられ、鼻血を垂れ流しながら苦悶の表情を浮かべる。
「保護した亜人の子供たちを使って人体実験。モンスターへと変貌させる、か……」
日をまたいでから、挑戦して本当に良かったよ。
女神の雫は、どんな呪いや怪我も全回復してくれる奇跡のアイテムだ。
そして俺は女神の結晶のおかげで、現実時間で一日一個、このアイテムを手に入れることが出来る。
もし挑戦してたのが、昨日だったらまだ雫は手元になかった。
日をまたいだから、女神の雫が一つ、手に入った。
モンスター図鑑の説明から、もしかしたらと思い、使ってみたが正解だったな。
「悪いが、そんな胸糞展開、俺は大っ嫌いなんでね」
『モンスターの浄化に成功しました』
『それに伴い、クリア条件が変更されます』
『クリア条件 NPCの救出、及び院長パルゴスの撃破
敗北条件 院長パルゴスを取り逃がす、NPCが全員死亡する』
さあ、覚悟しろよクソ野郎。
変態さんを怒らせた罪は重い。