79.少女の保護者になりました
かつてこの大陸に存在した亜人の大国『バルカディア』。
その王族がエルフ、か……。
魔女さんの日誌に出てたバルカディアって、てっきり人の名前だと思ってたけど、つまりその人――いや、そのエルフが建国したのがバルカディアって国なのか。
建国した人の名前がそのまま国名になるってのはままあることだしな。
つまり魔女さんの想い人はエルフだったってことか。
(うーん、でもなんでその皇家の紋章がデイリーダンジョンにあったんだ……?)
デイリーダンジョンで俺は、黒い人影に導かれるように『バルカディア皇家の紋章』というアイテムを手に入れた。
そして今、その皇家の血を引くエルフの少女が現れた。
偶然というにはあまりに出来過ぎている。
(……いやまあ、ゲームだし、そういうもんなんだろうけど……)
出来過ぎてる偶然も、ストーリーがあれば必然に変わる。
異世界ポイントという仕組まれた偶然は、プレイヤーにとってはある種の必然だろう。
まあ、俺としては楽しくプレイ出来て、ポイントが手に入れば文句はないし。
「……ん」
エルフの少女が声を上げる。
どうやら気が付いたようだ。
ゆっくりと目を開く。
銀髪の髪と対になるように、その目は爛々と紅く輝いていた。
……エルフというよりはバンパイアみたいな見た目だな。
「あ……ぅ……?」
「目は覚めたかい? 体の調子はどう? どこか痛むか?」
エルフの少女はじっと俺を見つめると、口元に笑みを浮かべた。
ゆっくりと身を起こし、俺の手に触れる。
まるで雛が親鳥でも見つけたかのような、警戒のない仕草だった。
「あ……ぃがぉ……」
「ありがとう、か? 凄いな……俺、こんな姿なのに……」
この子には俺の姿がどう見えているのだろう?
俺、星眼鏡、星乳首のパンツマンだよ?
自分で言うのもなんだけど、相当な変質者よ?
……そういえば、俺なんで星シールつけっぱなしにしてたんだろう?
後で剥がそう。
「あな、た……おぼぇれぅ……ずっとくらかった。あなたが……、あたしのせぇかい、てらして、くえた……あぃがぉう……ありがとぉう……」
まだうまく舌が回らないのだろう。
女神の雫で呪いや傷は完治しても、体の機能はまだ回復しきっていないようだ。
図鑑の説明文だけでも、相当な地獄を味わったはずだしな。
心が壊れていてもおかしくはないほどの。
それでも少女は必死に感謝の言葉を伝えようとしてくれる。
それが俺にはとてつもなく嬉しかった。
「もう大丈夫。もう君を傷つける奴は居ない。安心してくれ」
「……うん」
俺がそう言うと、少女は嬉しそうにほほ笑んだ。
すると、コロロさんも少女の前に片膝をつく。
「リュウさん、アタイからもいいかい? 彼女に――」
「あぎいっ! よぉうな!」
「うぉっ!? ちょ、どうした?」
すると、エルフの少女は豹変した。
それまでの穏やかな表情が嘘のように一変し、警戒と怒りをにじませた表情でコロロさんに吠えかかったのだ。
そのまま俺の後ろに隠れてしまった。
「ど、どうしたんだい? なんで……?」
「あうぅ!」
コロロさんが手を差し出そうとすると、猫のようにその手を払いのける。
低く唸り声を上げて、警戒を隠そうともしない。
「おい、どうしたんだ?」
「そぉひと、あじん! あたしを、うった! うらぎいもの!」
「なっ……」
少女の発した言葉に、コロロさんは愕然となる。
亜人に……売られた? どういうことだ?
「いや……いや……いや! みんな、きぁい! だいきあい! みんぁしんじゃえ! ……うぅ、う……ひっぐ」
エルフの少女は泣きながら、怨嗟の声を吐き出す。
いったいどれだけの地獄を味わってきたのだろう。
「……こりゃあ、話を聞くのは無理そうだね」
「そうだな」
コロロさんは愕然としながら、俺から少し距離を取った。
少女を刺激しないように、彼女なりの配慮だろう。
ちなみにニャンマルさんは、先ほどからずっと音猿と向こうで遊んでいる。
……何やってんだ、あの人は。
「……リュウさん、悪いけどしばらくの間、その子を預かってもらえないか?」
「俺が?」
「現状、リュウさん以外、その子が心を開いてる相手が居ないんじゃ仕方ないだろ?」
「……いや、でも」
「アタイだって本音を言えば、すぐにでもその子を国に連れて帰りたいさね。でもねぇ……」
コロロさんは困ったように頭をかく。
「今、亜人の国には、エルフが……皇家が居ないんだ。上の連中はなんとしてもその子を祭り上げて、皇家を復興させようとするだろう。亜人にとってエルフってのはそれだけの存在なんだ。でも……今のその子に、それを強いるのは酷だろう?」
「……そうだな」
コロロさんの主張に、俺も頷く。
「だから、しばらくはリュウさんに匿ってもらいたいんだ。せめてその子の気力が回復して、アタイらの話に耳を傾けてくれるようになるまで。幸い、その子の存在を知ってるのは、アタイとリュウさんだけだし」
「……ニャンマルさんも居るだろ?」
「あのバカ猫は、明日になりゃ今日あったことなんて全部忘れてるよ。どうとでも誤魔化せるさね」
「……」
それはそれでいいのか?
ニャンマルさん……。
(いや、でも保護するにしてもどうやって保護すりゃいいんだよ?)
俺はずっとログインしているわけじゃない。
それこそ、雷蔵たちのように従属化でもしない限りは、保護なんて不可能だ。
でも、この子をこのまま放っておくわけにもいかないし……。
「……あぅ?」
そんな風に悩んでいると、少女が俺のことをじっと見つめてくる。
『セイランが従属化を希望しています』
『従属化しますか?』
「…………え?」
ちょっと待って。
今、なんかおかしなアナウンスが流れなかった?
『セイランが従属化を希望しています』
『従属化しますか?』
聞き間違いじゃなかった!
驚いた、NPCも従属化が出来るのか……。
「……」
エルフの少女――セイランはじっと俺を見つめてくる。
根負けした俺は、静かにため息をついた。
「分かったよ。俺の負けだ」
「……ぅん♪」
頭の中でイエスを選択すると、セイランはカードに変化した。
『名前 晴嵐 LV10
種族 ハーフ・エルフ
戦闘力 ☆
スキル 偽装(lock)、逃走(lock)、色魔法(lock)、精霊魔法(lock)
状態 空腹
忠誠度 高い』
セイラン……晴嵐か。
スキルは全てがロックされて使えない状態だ。
それに種族がエルフじゃなくて、ハーフ・エルフとは。
……こりゃまた色々と事情がありそうだな。
「え!? き、消えた? リュウさん、彼女はどこに?」
「安心してくれ。彼女はちゃんと俺が保護したよ」
「そ、そうなのかい……?」
「ああ、信じてくれ」
呆然とするコロロさんをしり目に、俺は晴嵐をバインダーにしまう。
状態が空腹だし、後で何か食べさせてやらないとな。
「……分かった。リュウさんを信じる。彼女を頼むよ。その子は、アタイら亜人の希望の星なんだ」
「分かってる。彼女には俺からもコロロさんたちを信じてくれるように説得もしてみるよ」
「よろしく頼むよ。ああ、そうだ。これを持っていてくれ」
コロロさんは懐から、宝石が埋め込まれたペンダントを取り出す。
「これは?」
「通信魔石さ。何かあったら、それで連絡しておくれ」
「ありがとう。ありがたく受け取っておくよ」
「もうすぐ、解放戦線の他のメンバーも来る。リュウさんは先にここを離れておくれ。後は、アタイが上手くやっておくさ」
「分かった」
『話、終ワッタ?』
すぃーっと呪い人形が近づいてくる。
幽霊、骸骨騎士、屍狼も後ろに控えている。
『私タチモ、ソロソロ消エルネ』
「ああ、ありがとうな。またよろしく頼むよ」
『ウン。ソレジャア、マタ後デネ』
そう言い残して、呪い人形たちは姿を消した。
……またね、じゃなくて後で?
なんか気になる言い回しだな。
(まあ、今はこの場を離れるか)
雷蔵たちもカードに戻すと、俺はコロロさんたちに別れを告げて、その場を後にした。
養護院を離れてしばらく移動すると、体が白い光に包まれた。
どうやらこれでイベントは終わったらしい。
(敵は大したことなかったけど、なんか内容濃かったなぁ……)
まさかハーフ・エルフの少女の保護者になるとは。
俺のメインストーリー毎回、毎回濃すぎな気がする。
さて、クリア報酬と、EXステージに挑戦できるかどうか確認しないとな。