81.待機室
待機室は一言で言えば、『何もない空間』だった。
でもいつもの黒い空間と違って、ちゃんと地面があるし、周囲を知覚できる。
足元には石畳の地面が丸い円のように広がっていた。
広さは半径150メートルくらいだろうか。
東京ドームよりかは広いな。
端まで行くと、そこにはフィールドマップと同じような『壁』があった。
見えない壁の向こう側には、黒い空間が広がっていた。
「待機室っていうよりも、ただの空き地だな……」
説明によれば、ポイントや通貨を使って施設を作れるんだっけ?
画面を開くと、掲示板の下に『待機室』が追加されていた。
そこを選ぶと、画面が変わる。
『施設を建設しますか?』
『建設可能な施設は以下の通りです』
・宿泊場 1ポイント
・時計塔 1ポイント
・訓練場 1ポイント
・食糧庫 1ポイント
・食堂 1ポイント
・公園 1ポイント
・噴水 1ポイント
・森林 1ポイント
・池 1ポイント
・川 1ポイント
・果樹園 1ポイント
・畑 1ポイント
etc……
建設可能な施設は殆ど1ポイントだな。
フィールドマップのように待機室が俯瞰で表示されて、好きなところに好きな施設を建設することが出来るようだ。
「とりあえず雷蔵たちの意見も聞くか。皆、出てこい」
俺はバインダーから雷蔵たちを呼び出す。
「ウガォ……?」
「きゅー?」
「ウッキィ……?」
『……ボ?』
「うぇ……ここ、どこぉ?」
「急に呼び出してすまないな。ここは――」
俺は雷蔵たちにこの場所のことを説明した。
「――てなわけで、ここはお前たちの為の空間だ。だから、住みやすいように施設を設置したい。リストに載ってるのを書き出すから選んでくれ」
俺はショップから黒板とチョークを購入して、リストに載っている施設を片っ端から書いて説明していく。
自分たちの居場所が出来るとあって、雷蔵たちは目を輝かせていた。
ちなみに話を聞く間、セイランは背中にコアラみたいに張り付き、夜空はずっと横に張り付いていた。
「りゅーぅは、いっしょじゃ、ないの……?」
セイランが背中から声を上げる。
「俺は普段は別の場所に居るんだ。いつもここに居るわけじゃなんだよ」
「じゃあ、あたしもそっちが、いい!」
「ウキッ! ウキ! ウキ!」
俺と一緒に居たいというセイランに、夜空もめっちゃ同意するように体をくっつけてくる。……君たち、張り付くの好きだね。
うーん、でもそれは無理なんだよなぁ……。
だって、俺が居るのは現実だ。
流石に、ゲームのキャラが現実に来るのは不可能だし。
「……ちゃんと定期的に顔は出すよ。それにセイランには、俺以外の奴とも仲良くしてほしいんだ」
「……あじんは、いや」
「コイツらは亜人じゃないよ。な、雷蔵?」
「ウッガォゥ♪」
雷蔵はにやりと笑うと、セイランの両脇を抱えて、高く持ち上げた。
いわゆる高い高いだな。
「わっ、うわっ!? な、なにする! お、おろせ~」
「ウッガォ♪ ウッガ」
「ウッキィ♪」
「きゅー♪」
困惑するセイラン。
次いで夜空がキラキラエフェクトで花火のような魔法を発動させたり、雲母が肩に乗っかってセイランに頬ずりをする。
『……ボ』
小雨はすんすんと何やらセイランの匂いをしきりに嗅いでいる。
「う、うぅ~~……りゅ~、たすけてぇ~」
「あはは、仲良くするなら助けてやるよ」
「する! なかよくするからぁ、たすけて~!」
雷蔵に合図を送って下してもらうと、セイランは小走りでまた俺の後ろに隠れてしまった。
そのままチラチラと雷蔵たちの方を見る。
首には雲母が乗っかったままだ。
「きゅー♪」
「うぅ~……」
「あはは」
ちょっと無理やりだけど、まあ少しずつ距離を詰めていくしかないか。
「んじゃ、改めて建設する施設だけど――」
俺は雷蔵たちの意見を聞きつつ、待機室に施設を建設していった。
結果、敷地内の七割ほどが森林、畑、川、池。
残りの三割に、宿泊場や訓練場、食糧庫、井戸、時計塔などを建設した。
宿泊場にはベッドやテーブルなど最低限の家具は備え付けられていたので、すぐに住むことが出来る。
森林には果樹を多めに、畑には複数の野菜を植えるように設置。
果樹と畑はどれだけ収穫しても、一定時間が経過するとまた収穫できるらしい。
天井――というか壁や空の風景は変更できるらしく、殺風景だったので、普通の空に変更した。夜になればちゃんと暗くなるぞ。
「使ったポイントは40ポイントか……。まあ、これくらいは必要だな」
雷蔵たちには快適に過ごしてもらいたいし、セイランにもみんなと仲良くなってもらいたい。
なので、これは必要投資だ。
(というか、ちょっと森の中の別荘みたいな感じでいいじゃん……)
改めて出来上がった待機室を見ると、森の中にある隠れ家的な雰囲気がとてもいい。
これは癒される。
こういうところでスローライフを送るのも、ありかもしれない。
「よし、んじゃみんな出てこい」
残りの猿たちも全てバインダーから解放する。
「「「「「ウッキキ~~~~♪」」」」」
新しい住処に、みんな喜んでいた。
「夜空、月光、月影。猿たちのまとめ役は頼んだぞ」
「ウッキィ♪」
「ウキキ!」
「ウキィ!」
月光は重戦士猿、月影は騎士猿の名前だ。
夜空にちなんで付けた名前だが、二人とも気に入ってくれたようだ。
ひとまず待機室はこんなもんかな。
「次はポイント交換とショップの確認をするか」
何かめぼしいアイテムや装備はないだろうか?
この後、EXシナリオに挑戦するし、オススメ商品とかあればいいけど。
宿泊場の椅子に座って画面を見ていると、セイランが膝に乗っかってきた。
「……雷蔵たちと遊んできなさい」
「やっ」
ちらりと窓の外を見れば、雷蔵がチラチラとこちらを眺めていた。
……お前、意外とセイランのこと気にったんだな。
「ウッキ♪」
ついでになぜか夜空も隣に座ってくる。
まるでここは自分のポジションだと主張するように。
「……むぅ」
「ウキキ♪」
何やらセイランと夜空の間で火花が散っている。
何を張り合ってるんだ、こいつらは。
てか、動きにくい。
「……雷蔵、連れてって。あとそれおやつだから、皆で食べてくれ」
「ウガォゥ♪」
「わ、わぁー! はなせぇ~」
「ウキッ! ウッキ~!」
しっかり両腕に拘束されて、セイランと夜空は雷蔵に連れていかれた。
後で雷蔵にお礼を言っておこう。
おやつも与えたし、しばらくは大丈夫だろう。
「さて、改めて新しく入荷したアイテムを確認するか……」
ポイント交換とショップのリストをスライドさせ、商品を確認してゆく。
「あ、オススメ商品があるじゃないか」
どんな商品だろうか。
これは余程、法外なポイントでない限りは絶対に手に入れておかなければ。
ワクワクしながら、俺は商品を確認する。
「オススメ商品」
・アヒルパンツ 10ポイント
防御、魔防、敏捷、器用さ+35%
装着時は温暖が発動
局部のアヒルさんは伸びるし意外と器用。たまに喋る
・乳首シール(金星) 10ポイント
攻撃、知力+20%
胴体装備にはカウントされない
キラキラエフェクト発動可能(任意)
・謎の光 100ポイント
倫理の新たな砦
年々厳しくなるコンプラに配慮
センシティブな部分とは輝いて見えるもの
「…………」
どうしろっていうんだよ?
これ以上、俺から人としての尊厳を奪って何が楽しいっていうんだよ!
まぶしい方の理由は聞いてねえんだよ!
買うよ! 買えばいいんだろ! ちくしょう!
俺は泣いた。
「……雷蔵たちの装備は特にないか……」
目新しい装備はなかったので、とりあえずは据え置きだ。
でも今回の隠しアイテムで手に入れた『闇夜のマント』は、使える装備で良かった。
ステータス上昇効果はないが、『迷彩』って特殊効果があるマントで、身を包むと、自分の体を周囲の景色に溶け込ませることが出来る。
敵の目を欺くための装備だな。
これは戦況や周囲の状況に合わせて、『着替え』で使ってこそ価値のある装備だ。
「ふぅー……はぁー……」
呼吸を整え、深呼吸。
よし、気持ちの切り替え完了。
窓の外を見れば、雷蔵がセイランを肩車していた。
セイランの表情も少し柔らかくなっている。
(……うん、いい感じだな)
あの調子なら、いずれ皆とも打ち解けられるだろう。
最初はモンスターとでもいい。
まずはセイランにここは安心だと思ってもらうことが大事だ。
過去の事情を聞いたり、他者とのコミュニケーションはその後でいい。
「それじゃあ気を取り直して、一回、EXシナリオに挑戦してみるか」
挑戦回数があるんだし、一回くらい挑戦しても大丈夫だろう。
雷蔵たちを呼び出し、これからEXシオリオに挑戦することを説明する。
「ウガウ♪」
「ウキキ♪」
養護院での戦闘は消化不良だったのか、雷蔵も夜空も気合十分だ。
「りゅーぅ、どこかいくの?」
「すぐに戻ってくるよ。お前たち、俺たちが居ない間の彼女の世話は頼んだぞ」
「「「「「ウッキー」」」」」
猿たちに指示を出すと、画面を操作する。
待機室からでも、EXシナリオには挑戦できる。
『メインストーリー5EXシナリオに挑戦しますか?』
イエスを選択する。
『EXシナリオを解放します』
『メインストーリー5 EX『真の主へと至る試練』
クリア条件 魔女の眷属を全て撃破する
特殊条件 カード使用不可
挑戦可能回数 残り5回
成功報酬 ポイント+500、茨蛇姫の鞭、40,000イェン
魔女の眷属たちの能力及び成長制限の完全解除』
「……え?」
白い光に包まれながら、俺はその条件に目を疑った。
ちょ、ちょっと待て。
カード使用不可だと……?