◇仕切り役から「顔」に
2007年10月に行われた2回目の南北首脳会談では、韓国政府の準備委員長として仕切り役を務め、盧武鉉大統領と金正日総書記(いずれも当時)の会談を支えた。今度は、文字通り韓国の「顔」として、金正恩朝鮮労働党委員長を迎える。
「北朝鮮の核・ミサイルが(2回目の首脳会談)当時と比較できないほど高度化されている状況だ。(非核化などで)合意をまとめ、米朝首脳会談の成功につなげなければならない」。もはや南北の首脳が会うこと自体は「成功」とは言いがたく、「橋渡し役」としての力量が問われる。
両親は現在の北朝鮮地域出身で、朝鮮戦争中に避難してきた。北朝鮮への思い入れは強く、保守勢力からは「北朝鮮追従」と批判される。ブレーンの一人は「北朝鮮に融和的というよりも、民族主義者と言った方がいい」と解説する。
17年7月のベルリンでの演説では「北朝鮮の崩壊を望んでおらず、いかなる形態の吸収統一も推進しない」と表明。「北朝鮮の体制の安全を保証する朝鮮半島の非核化を追求する」と述べ、関係国による平和協定の締結を呼び掛けた。この「ベルリン構想」がようやく動きだす。
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