冬季五輪ヒストリー

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第6回 オスロ (1952年)

冬季大会初の聖火リレー

 冬季スポーツ発祥の地、北欧で初めて開かれた。聖火リレーが初めて行われた冬季大会でもあった。夏季大会についてはギリシャのオリンピアで採火された聖火が開催国まで運ばれ、さらに国内をリレーすることが慣例化していたが、冬季大会ではそれが行われていなかった。冬季大会でも五輪ムードを盛り上げようと、ノルウェー国内で採火してリレーすることになった。大会には30カ国694人が参加、ドイツと日本も招待された。前大会と同様に4競技22種目が行われたが、スキーのアルペン種目のうち、男女の複合が廃止され、代わりに大回転が登場した。日本は役員5人、選手13人を送ったが、スピードスケート500メートルの6位が最高の成績だった。

【その時世界は】

 1952年4月、その前年に連合国48カ国と日本との間で結ばれたサンフランシスコ講和条約が発効し、敗戦国・日本の占領解除=「独立」が実現した。ただ、講和条約とセットで日米安全保障条約も発効し、東西対立が深まる中で、日本は西側陣営の一員として貢献することが求められた。しかし、国内では朝鮮戦争に伴う特需でにわか成金が生まれる一方、社会的格差も広がり、デモ隊と警官隊の衝突で多数の負傷者を出す血のメーデー事件なども発生した。

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