「ピックルボール」が注目を集めている。日経BPの発刊する「日経トレンディ」の「2025年ヒット予測ベスト30」にスポーツでは唯一ランクインされて14位に入ったこの球技は、近年米国を中心に爆発的に流行している。プロリーグの確立、高額賞金など市場が急速に拡大した。米国の関係団体の統計によると、米国では2022年には成人の3650万人が一度は経験したことがあり、23年は4830万人に拡大した。日本でも昨冬に東京都内で相次いでイベントや国際大会が開催され、林芳正内閣官房長官や男子テニス選手のダニエル太郎など著名人がプレーしていることでも話題を集めた。勢いに乗るピックルボールの魅力に迫った。(時事通信運動部 七寳峻)
テニス+バドミントン+卓球
ピックルボールはテニスやバドミントン、卓球の要素を組み合わせた競技。バドミントンのコートと同じ広さのコートで、穴の開いたプラスチック製の球を専用のパドル(卓球のラケットに似た形状)を使ってテニスのように打ち合う。ゲームは通常11ポイントマッチだが、15ポイントや21ポイントが採用されることもある。後述する米国のプロリーグ、メジャーリーグピックルボール(MLP)では25ポイントマッチ。ダブルスが一般的で、シングルスも行われる。心地よく響く打音も特徴的だ。
1965年に米ワシントン州ベインブリッジ島で家族のレクリエーションとしてバドミントンコートで遊び始めたのが始まりと言われている。競技名の由来については諸説あるが、ローイング(ボート)の「ピクルボート」から取られた説が有力だ。ピクルボートとは、他のボートでは出場できなかった選手がこぐ混成ボートのことで、さまざまなスポーツの要素を組み合わせてつくられたことにちなんで名付けられたとも。他にも先述の家族が飼っていた犬の名前から名付けられたとの説もある。
テニスと異なる点として、「キッチン」というノーボレーゾーンが設けられていることや、サーブを腰より低い打点で打つこと、ポイントはサーブを行ったチームにしか入らないことなどが挙げられる。一見複雑に見えるが、体験するとシンプルな競技であることを実感できるだろう。
コロナ下で人気が広がる
米国で人気が爆発したのは2020年ごろ。コロナ禍で屋内スポーツ施設などが閉鎖され、密にならない屋外活動の需要が高まったことも一因となった。公園のコートや専用施設が次々と増設されるほどで、予約が取れない状況が続いているという。人気は米国内だけにとどまらず、オーストラリアにも20年に統括団体が設立。インドやベトナムなどの東南アジアでも人気が高まり、環境整備が進んでいる。
米国では、旅先にパドルを持参し、現地で出会った人とペアを組んで楽しむ文化が定着しているそうで、旅行の選択肢の一つにピックルボールを加え、観光地でプレーを楽しむスタイルも広がりつつあるようだ。
日本でも初の大規模国際大会
日本ピックルボール連盟(PJF)によると日本での競技人口は約5000人。昨年12月には日本初の大規模国際大会として「Pickleball Championships 2024」が東京・有明テニスの森で開催された。国内外から選手約700人が参加し、日本で第一歩を踏み出した。エキシビションマッチでゲストの林芳正内閣官房長官もプレー。PJFの理事長を妻の裕子さんが務めており「妻に誘われて始めた。唯一の息抜きかもしれない」と楽しさを強調した。
大会期間中には昨年10月に東京都江東区にオープンしたlivedoor URBAN SPORTS PARKでレセプションパーティーが行われ、MLPのトップ選手であるジェームズ・イグナトウィッチ選手ら、国内外の選手が参加。併設のコートで、国籍や競技歴を越えた即席のペアでゲームが行われた。多くのギャラリーもコートを囲み、魅力に触れた。
プロスポーツとして急速に発展
ピックルボールはプロスポーツとしても急速に発展し、米国ではMLPがその中心的な存在となっている。MLPのレギュラーシーズンは5~10月にかけて行われ、プレーオフは11月に開催されている。夏には勝ち上がり方式の『ミッド・シーズントーナメント』も開催され、リーグ戦とトーナメント戦の両方を楽しめる仕組みとなっている。
賞金額の大きさも関心を引いている。24年のミッド・シーズントーナメントの賞金総額は20万ドル(約3000万円)、優勝賞金は8万ドル(約1200万円)。新興スポーツとしては大規模な大会が運営されており、世界から注目されるスポーツイベントとして成長を続けている。
23年にはMLPがオーストラリアのリーグ運営団体The Pacific Pickleball League(PPL)を吸収し、豪州でのプロリーグが確立された。インドでは25年シーズンに向けてプロツアーが予定されており、競技のネットワークは国際的に広がりつつある。
プロスポーツとしてのピックルボール最大の特徴は、競技の親しみやすさだろう。初心者でも楽しめるカジュアルさを残し、コアなファンまで幅広い層が楽しめる。観客と選手の距離は近く、観客席からは選手の表情や息遣いまで感じられるため、プレーの一瞬一瞬を共有でき、強い臨場感を体験することができる。「見る」スポーツとしても魅力的な存在となっているのだ。
※米国には統括団体にAPPとPPAが存在。24年PPAとMLPは合併
APP(Association of Pickleball Players)アマ・プロ問わずイベントや大会を運営。
PPA(Professional Pickleball Association)プロ向けにツアー・試合の機会を提供。
MLP(Major League Pickleball)プロリーグ。トップリーグに12チーム、下部にも12チームがある。男女2人ずつの4人でチームを編成。2025シーズンより上位リーグ16チーム、下部リーグ6チームに再編成される。
世界を目指す日本選手
MLPはピックルボール最高峰の舞台であり、賞金額も他ツアーとは一線を画す。ここでは世界の舞台を目指す日本人選手を紹介する。ソフトテニス選手でMLP入りを目指し活動する船水雄太選手や元プロテニス選手で引退後に転向した吉富愛子選手などが世界に挑んでいる。船水選手は24年に米国挑戦。米国ツアーで16強入りを果たすなど着実にMLP入りに前進している。12月にピックルボール用品の大手メーカー「JOOLA(ヨーラ)」のアンバサダーに就任し、サポート態勢も整った。2年目に向け「来年は勝つことだけにフォーカスして努力を積み重ねる。次帰ってくるときはメジャーリーグ選手として、トーナメントタイトルを持って帰ってきたい」と意気込む。
米国や豪州を中心に試合に出場する吉富選手は、外国選手に勝つために多くの課題に直面している。「日本に競技場がないことや強い対戦相手を探すためには、海外に行かなくてはならないし、資金面などのサポートも必要になってくる」
日本での課題は競技場不足
ピックルボールの日本国内での普及には課題も多い。吉富選手の指摘の通り、競技場の不足はその一つだ。米国では専用ハードコートが普及し、地図アプリで近隣コートを検索できる環境がある。競技自体が注目されてまもない日本には専用コートの数は少なく、体験会などで魅力を知った新規プレーヤーが再びプレーするにはハードルが高いのが現状だ。昨年5月に東急リゾートタウン浜名湖(静岡県・浜松市)、12月には南港中央公園(大阪府・大阪市)、今年1月にはヒルトン東京(東京都・新宿区)に専用コートが新設されるなど着実に環境は整備され始めており、さらに自治体などに働きかけて公共施設に専用コートができれば、多くの層のユーザーがプレーできる環境を確保できる。複合エンターテインメント施設などに設置実現することもライトユーザーを取り込む一手になるだろう。
国際統括団体(IF)の設立やルール統一も課題となっている。現状、国際団体が複数存在し、IFといえる組織は存在しない。日本にもピックルボール日本連盟(PJF)とピックルボール協会(JPA)の二つの団体が併存している。将来的に目指す五輪の実施競技入りのためには国内外の競技団体の調整が必要であり、米国のみならず各国の競技力の向上が不可欠だ。
「生涯スポーツ」としての可能性
ピックルボールは「生涯スポーツ」としての可能性も注目されている。コートのコンパクトさゆえ、移動量がテニスよりも少なく体力や経験に関係なく楽しむことができるので、生涯を通して運動に取り組むことができる。林官房長官は「国民スポーツとしてもいいかもしれない」と評価しており、今後さらに注目を集めるだろう。昨秋に東京タワーフットタウン屋上で行われた体験会(TOKYO TOWER PICKLEBALL FRIENDSHIP 2024)では幅広い年代の参加者が楽しんだ。スタッフとして参加した64歳(取材当時)の福毛直浩(ふくも・なおひろ)さんは「70歳、80歳でもプレーできる。性別、年齢も関係なく楽しめる」と話す。地元の生涯学習センターでピックルボールを始めた福毛さんの競技歴は2年で「駆け引き要素もこの競技の魅力だ」と笑顔で魅力を語ってくれた。
他の参加者からも「初心者でも楽しい」と言う声や「70歳になっても続けられそう」と「入り口」の広さが多くの人に受け入れられたようだった。PJF事務局長の田中由紀さんは「ピックルボールをプレーすることでコミュニケーションが生まれる」と言う。プレー中に会話が生まれることはもちろん、毎回違うペアを組んで試合を行うというピックルボールならではの楽しみ方、他人とのコミュニケーションも刺激になるだろう。地域の体験会やクラブ活動は世代を超えた交流の場ともなるのだ。
競技スポーツとしての発展に加え、生涯スポーツとしても可能性を広げているピックルボール。近い将来、日本全国でピックルボールの心地よい音が聞こえてくる日が来るのかもしれない。