科学の分野において、数字は真実を語るための重要なツール。『人に話したくなる数字と科学の話』(佐藤健太郎 著、文春新書)の著者によれば、数字の扱いの進歩と歩調を合わせるかたちで、科学は進展を遂げてきたのだそうです。

ただし、著者のようなサイエンスライターにとって、数字の扱いはなかなか難しいものであるようです。

たとえば宇宙の年齢が約138億歳と聞かされて、この数字はいつ誰がどうやって算出したものか、どの桁まで信頼してよいのか、しっかり調べた上でないとうかつなことが書けない。また、科学をわかりやすく語るためには、数字をうまく使うことは不可欠だが、下手をすれば理屈っぽくなり、忌避される原因にもなる。数字との取っ組み合いは、科学の書き手として一生のテーマであり、本書はそのささやかな集大成である。(「まえがき」)

読者からすればそうした数字は、すらっと流してしまいがちなものでもあるでしょう。しかし専門家にとって、それは“流すわけにはいかない”重要なポイントであるわけです。そう考えると、たしかに大変な役割であるといえます。

そんな気苦労の集大成でもあるといえる本書は、著者が月刊「文藝春秋」の2016年9月号から連載を開始したコラム「数字の科学」を一冊にまとめたもの。毎月、科学にまつわるなんらかの数字を選び、そのテーマに沿ったエッセイを著者は10年間にわたって書き続けてきたのです。

数字に絡んだ、しかも読者の興味を惹きそうなテーマを見つけてくること自体が難しそうですが、そのかいあって非常に興味深い内容。

きょうは第3章「生き物と生態系」のなかから、2つのトピックスを抜き出してみることにしましょう。

キリンの種類

4種(130ページより)

ブロントサウルスといえば、恐竜の代表選手として知られる存在。その姿が図鑑に描かれていたことは、多くの方の記憶に残っているのではないでしょうか。ところが研究の結果、ブロントサウルスはアパトサウルスという恐竜と同一の種であったとして、その種名が消し去られてしまったのだそうです。

にもかかわらず最近になり、ブロントサウルスはいつの間にか復活していたというのですから厄介な話。詳しく骨格の特徴を調べなおした結果、やはりアパトサウルスとはやはり別物だったことがわかり、ブロントサウルスの種名がよみがえったというのです。

また、“スター恐竜”というべきティラノサウルスにも、その分類に疑問が持ち上がっているようです。化石を詳しく調査したところ、その骨格は3種類に分類でき、それぞれ違う種だとする論文が発表されたためです。

この研究者は、従来のティラノサウルス・レックス(王)に加え、ティラノサウルス・レジーナ(女王)およびインペラトル(皇帝)の名を提案しているそう。しかし、この分類に反対する人も多く、女王と皇帝が今後も生き残るかどうかはいまだ定かではないようです。

数千万年も前に生きた恐竜ばかりでなく、現代の生物にも新たな分類が提案されるケースはある。たとえばキリンは今まで単一種と思われていたが、これを4種に分類すべきだという議論がある。彼らは見た目にはほとんど同じだが、遺伝子的には大きな差があり、野生では互いに交雑することがほとんどない。現代の種の定義は、「同地域に分布する生物集団が自然条件下で交配し、子孫を残すならば同一の種とみなす」というものだから、これは別種と見る他ない。ただでさえ絶滅危惧種であるキリンが4種に分かれるとなると、保全政策にも大きな影響は必至だ。(131ページより)

このように外見や形態が似ているため同一種だと思われているものの、実際には遺伝的・生物学的に異なる種で生物のグループは「隠蔽種(いんぺいしゅ)」と呼ばれ、その例は今後さらに増えていくと見られているようです。

なお2025年に国際自然保護連合は、キリンという種を「キタキリン」「アミメキリン」「マサイキリン」「ミナミキリン」の4種に分けると発表したそうです。(130ページより)

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ハキリアリの姉妹の数

2億匹(133ページより)

「人類と他の動物を分ける決定的な特徴はなにか」という問いに対する答えは、簡単なようでいて意外と難しいようです。

たとえばオマキザルは木の実を割るのに石器を用いますし、貨幣の使用を教えると盗みやギャンブル、売春までも始めるのだとか。イルカは群れのなかで会話しており、互いに名前で呼び合っていることが判明したようです。また、火を使うのは人間だけと思われてきましたが、最近になって、草原に放火して狩りを行う鳥の存在が確認されているのだそうです。

農業を営む生物も知られている。その賢い生き物は、なんとアリの一種だ。南北アメリカ大陸に棲むハキリアリは、その強靭な顎で木の葉を噛み切り、巣に持ち帰る。彼らはその葉を細かく噛み砕き、菌を植え付けてゆく。丁寧に温度や湿度がコントロールされた「畑」には、やがてキノコが生えてくるので、これを食料とするのだ。ちなみに食べてみた研究者によると、このキノコは人間にとってはあまり美味しくないらしい。(133〜134ページより)

しかも体長3センチにもおよぶ巨大な女王アリは、生涯に2億匹もの働きアリ(すべてメス)を生み続けるというのですから驚き。ひとつの巣は女王アリが死ぬまで約20年も繁栄し、3・5トンものキノコがつくられるのだそうです。

働きアリのサイズは大小さまざまで、葉を運ぶ係やキノコ栽培に従事する係、巣の拡張や通路整備を行う係、葉を運ぶ仲間を警備する係、卵や幼虫の世話をする係、古い葉を巣から運び出して衛生環境を守る係など、細かく役割が分かれているのだといいます。

著者は「これはもう巣などではなく、都市あるいは国家と呼ぶべきものだろう」と述べていますが、たしかにとても先進的ではないでしょうか。

とはいえハキリアリは一晩で1本の木を丸裸にしてしまうほどの勢いで葉を刈っていくため、農家にとっては大害虫。ブラジルなどでは対策に巨費が投じられているのだといいます。(133ページより)


表現を修正した箇所もいくつはあるものの、ほぼ雑誌掲載時そのままの文章が収録されているそう。ただしプログラミングやAIをはじめ、その後の進歩によって判明した事柄などについては〈追記〉として書き加えられています。そのため充実した内容で、読み応えも文句なし。数字や科学に苦手意識を持っている方でも、無理なく読み進めることができるはずです。

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作家、書評家、音楽評論家

印南敦史

1962年東京都生まれ。広告代理店勤務時代に音楽ライターとなり、音楽雑誌の編集長を経て独立。「ライフハッカー・ジャパン」で書評連載を担当するようになって以降、大量の本をすばやく読む方法を発見。年間700冊以上の読書量を誇る。「東洋経済オンライン」「ニューズウィーク日本版」「サライ.jp」などのサイトでも書評を執筆するほか、「文春オンライン」「qobuz」などにもエッセイを寄稿。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社、のちにPHP文庫)、『書評の仕事』(ワニブックスPLUS新書)など多数。最新刊は『現代人のための読書入門 本を読むとはどういうことか』(光文社新書)。@innamix/X

Source: 文春新書

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