映画 窓ぎわのトットちゃんのレビュー・感想・評価
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親子で見るのもオススメできる作品
はるか昔に原作を読んだ以来のとっとちゃん。
あの頃は自分も10代だったので、やはり大人になって見ると感じ方が変わってくる。
10代の時は、自分らしさを大切にすることや、自分だけじゃなく、周りの子の自分らしさも理解して接していくことを学んだけれど、今は子供たちに大人はどう接していくことが大切か、という目線で見ている自分がいた。
子供の頃とっとちゃんを読んで大人になった人たちには、ぜひ私のように、自分の変化も感じながら見てほしい。
全体的に淡い色合いと可愛らしい絵柄で、全体的に優しい雰囲気がすごく良い。
そして、子供たちの声を実際子供たちが演じている点がすごく良かった。大人が子供の声を出して演じるのとは違う、リアルさや純粋さを感じた。
この優しくてあたたかな雰囲気だからこそ、戦争に向けて進んでいく不安さや、平和な日常が壊されていく感じが際立ったように思う。
大人でも十分楽しめる作品だけれも、子供たちと一緒に見るのもオススメな作品だった。
「あなたはあなたのままそれでいい」
私は黒柳徹子さんが好きだ。人として好きというよりも、なにか天然記念物をみるような興味深さに近いといった方が適当かもしれない。年齢を感じさせず、いつまでもパワフルで活動的。決して人に媚びないストレートな物言いがまた潔い。テレビが白黒の時代からスマホで見れるようになった現在までの歴史を全て知る人。そんな黒柳さんが、書いた自叙伝が満を辞して映画になった。
これは、観るしかないでしょ。
恥ずかしながら原作本は読んだことはなかったので、真っ白な気持ちでスクリーンに向かう。観終わって感じたのは、この映画は子育てに奮闘する世代のお父さんお母さんに観て欲しい、子育てバイブル的映画なのだということ。
「あなたはあなたのままそれでいい」と優しく背中を押してもらえる映画です。
人と違うのは悪いことじゃない、違いを個性として受け止めて、その個性を輝きにまで昇華させるには、多くの周り人たちの理解と応援が必要だ。そういう意味では、黒柳さんはとても周りに恵まれた人であったに違いない。今の黒柳さんの活躍があるのは、トモエ学園の校長先生との出会い、小児麻痺の泰明ちゃんとの出会い、そして何よりいつもありのままのトットちゃんを受け入れてくれたご両親の愛があったからだと思えます。
SNSなどの発達により、ひと昔前より人とは違う個性を持った人が生きやすい時代にはなってきたのかもしれない。けれど、まだまだ現実社会においては、人と違うことは生きづらさの原因にもなる。
今そんな生きづらさで苦しんでいる人たちにこの映画を是非おすすめします。
「あなたはあなたのままで十分いいのです。」
「わたしはトットちゃんなのに」
始まって10分以内だと思うが、「どうしてみんな私を困った子っていうの?わたしはトットちゃんなのに」というセリフが出てきて、心から猛烈に素晴らしいと思った。予告編にも使われていた有名な「君は本当はいい子なんだよ」というセリフは実は好きじゃなくて、それも子供頃に原作を読んだ時からひっかかっていた。あの校長先生の言葉で黒柳徹子は救われたというのだから、そのことにケチをつける気はさらさらない。ただ、「いい子」という言葉は、他人がの評価軸によって規定される言葉に思えて、幼児だったころから苦手だという個人的な事情がある。しかし、それに比べて「わたしはトットちゃんなのに」に込められた、子供のやるせなさ、悲しみ、表現の限界、それでいて自分というのもがしっかりある感じ、そんなものが全部このひとことに詰まっている。子供映画として完璧なセリフに感動して、原作を読み返してみたが、特にこのセリフは出てこない。マジか、これ映画のオリジナルなのか。予告編では気持ち悪く見えたほっぺの赤いキャラデザも、作品で見れば違和感もなく意図が伝わってきたし、丹念に書き込まれた作画のクオリティも凄まじく、忍び寄る戦争の描写も容赦ない。実にいいものを観させていただきました。
今年の最重要作
これはすごい。内容レイヤーでも映像や芝居のレイヤーでも圧倒的なものがある。とにかくモブの一人ひとりにいたるまできちんと芝居させていて、誰一人「背景」になってしまっていない。非常に労力がかかっていることは間違いない。子どもたち1人ひとりの動きにも個性があって、描き分けられているのがすごい。
戦前から戦時へと移り変わる様が日常描写の中に挟まれていき、いつの間にか日本は戦火となる。子どもの視点で描かれる市井の変化を捉えている。
「へいたいのうた」を最後まで歌わせないで騒ぎだしてしまうトットちゃんのシーンが序盤にある。とても示唆的だ。戦争プロパガンダが小学校教育に入り込んでいるが、トットちゃんはそれを遮ってしまう。そういうものには与したくないという制作の意思が強くでている。終盤、出征していく兵士たちと真逆に駆け抜けていくトットちゃん。言葉よりも動きで伝える姿勢が徹底されている。小林先生のキャラクターも非常に奥深い。あの狂気の時代に教育を守るためには、ある種の狂気を宿さなければいけなかったのか。
冒頭と最後に、夢の光景のように出てくるちんどん屋だけがそうした戦争の狂気から隔絶された、特権的なものとして登場する。人を楽しませるちんどん屋だけは戦争に侵されずに住んでいる。これも強烈なメッセージだ。
2023年の最重要作だと思う。後年に残すべき一本だ。
雨に唄えば
泣かされるシーンが沢山。
ここに投稿されらレビューを見ながら、思い出し泣き😢
こんな素敵な先生に本作を通じて出会える幸せを強く感じた。
小林先生の教育理念・方針・トモエ学園のルールには驚きと脱帽の連続
現代、いじめのない小学校、子供と心から対等に接する大人なんて存在するのか。
後者に至っては、自分でも対等に接しているつもりでも、心のどこかで見下してしまったり、あるいは相手に対して劣等感を潜在的に備わっている気がしてならない。
なんてたって、初対面の子供のおはなしに4時間も嫌な顔一つせず聞いてくれるなんて、到底出来ない。
待機中のお母さんの、店員さんの「ごゆっくりどうぞ」に対しての「そんなことできるかあ!」な振る舞いと
そんな心配が杞憂で済んだトモエ学園の温かさに早速涙。
小林先生の「みんな一緒だよ」の言葉の通り、分け隔てなく一緒に活動することがどれだけ難しいことか。
理想を理想で終わらせず、強く平和を望み、平和を築く子どもを育てたいとの願いを実現すべく、
その実現のために組まれたカリキュラムは実に精巧で、。。
軍国主義の時代を逆行するかのような教育を貫くことは、当時、大変な努力と、ご苦労があったことだろう。
直接の描写はないものの、高橋くんの件で大石先生に𠮟責したシーンで片鱗が伺える。
からの、運動会では高橋が有利になる競技がそれとなく組み込まれていたのが、もう、、、😢😢
トモエ学園設立までの物語を、前日譚として同じ作風で映像作品として観てみたいものだ。
本作は自分の信じるものを声高に叫び、それを掴みに行け、という応援のメッセージだと読み取れた。
人生の教科書シリーズがまたひとつ増えました🌸
よい作品
小児麻痺児との交流がメイン
黒柳徹子さんが原作を発表した時に、挿絵のいわさきちひろ氏のイメージが崩れるからと、アニメ化や舞台化、実写化など全て断っていた作品。
その時にアニメ化していたら大成功を収めていたと思う。
原作でもそうだが、アニメでもトットちゃんの発達障害だろう描写が描かれている。
今回のアニメ化に関しては小児麻痺の子との交流をメインに描かれていて、小学校の教科書に載っている「畑の先生」のエピソードはカットしている。
また、時々ファンタジーの様なイメージシーンが入るが、私には必要なかった様に感じる。
小児麻痺の子との交流がメインなので、カットされたエピソードは原作至上主義の私には物足りなく感じた。
いわさきちひろ氏ではなくても、キャラクターデザインは違和感を感じなかった。
黒柳徹子さんも納得の完成度じゃないだろうか
大人でも子どもでも感動出来る作品なのだろう。
私は登場人物たちの物語よりも、時代背景の描き方に興味を持った。何度も映像化されている「日本が戦争に向かって行く」事で人々の暮らしや考え方が変化していく「理不尽さ」。そして原作者の黒柳徹子さんがその時代を明るく無邪気に過ごした事実。
ほとんどがトットちゃん目線での体験の映像化なのだが、途中で小児麻痺の友達と母親の自宅が出て来る。泰明君の洗濯物のシーン。
ベタな演出だが心に響く。
総発行部数が2500万部超えでギネス世界記録に認定されている黒柳徹子による自伝的物語の映画化。(1981年に講談社から出版)
どうやら出版直後からテレビドラマ・映画など映像化のオファーが数多くあったが、黒柳によれば「校長先生を演じられる人はいない」という理由で、映像化の話は全て断っていた。しかし、1982年には、黒柳の朗読とオーケストラによる音楽物語が初演された(新星日本交響楽団)。
そして2017年に一部抜粋の形ながらテレビドラマ化されたが、ついに2023年12月8日にテレビ朝日開局65周年記念作品として映画が公開。
続編小説『続 窓ぎわのトットちゃん』が2023年に刊行される。トットが東京大空襲後、青森に疎開し、女学校、音楽学校を経てNHKの専属女優として活動しニューヨークに留学するまでが書かれているらしく、こちらもアニメーション化されるのだろうか。
窓ぎわのトットちゃん
トモエ学園て今もどこかにあるのだろうか?
トットちゃんがのびのび育っていくのがよくわかる。
ご両親や校長先生、友達、学校と環境が素晴らしい。
決して自然にできあがったもので無く登場人物それぞれが戦時中とは思えないほどいっしょうけんめいに真剣に生きているのが伝わってくる。劣悪な環境に負けずに明るく生きている。それだけで感動ものだ。
物語はトットちゃんのエピソードの連続だが泰明ちゃんとのエピソードはトットちゃんらしさが一番出ていたのではないだろうか?
そして泰明ちゃんのおかあさんが汚れた服をみて涙ぐむシーンにおもわずこちらも嗚咽した。
その後の悲しい結末もこのシーンで深い悲しみも少しは救われたのではないか?
戦時下にもかかわらず、みんなの個性が尊重され、違いを認め合うことでいじめも無いトモエ学園はなぜ、もっと広まらなかったのだろうか?
私の世代からは少し昔の時代だが氷を入れる冷蔵庫や黒電話など昭和レトロ満載。
(残念ながらあのパン焼き器は観たことは無い)
お祭りのさかなの絵を削る板菓子、それになんといってもひよこ。
自分も親に買って貰いこたつの中で暖めたのを覚えている。それでも1週間そこらで死んだので悲しかったのを思い出した。
色んなエピソードが流れる中で戦争はダメということが根底に流れていて見終わった後もすがすがしく感じられた気がする。
そういえば「窓際のトットちゃん」途中までしか読めてなかった。
続きを読んで再度、トットちゃんワールドにひたってみよう。
たくさんのメッセージに溢れた映画
期待通りに感動的
国際線の映像サービスで鑑賞。
映像化してくれたおかげで、本を読んだがでけでは知り得ないことが分かって、面白かったです。
トットちゃんの両親がとても心の強さを持っていて、だからこそ問題児トットちゃんを暖かく育てたこと、その背景にはかなり裕福で洋風の生活スタイルがあったのだなあと思いました。見たことのない形のトースターがあって印象的でした。
ポスターにある木登りのシーンは、本で読んだ時に号泣した記憶がありました。映像で見ると、かなりリスキーな挑戦で、頑張れという応援の気持ちはあるものの、やめた方が良いという気持ちも感じました。
逆に、映像で観て特に感動したのは、二人三脚のシーンで、観戦している親が感激しているのに共感し、もらい泣きしました。
また全体として、校長先生がただ優しいだけでなく信念を持って教育していることも伝わってきて、じわりと感動します。この映画の重要なテーマがトモエ学園の理念の素晴らしさを伝えることなのだと思いました。
御免なさい、全く舐めていました
原作も読んでいないし、予告編を見ていても鑑賞リストには全く入っておらず、「どうせ、奔放なトットちゃんの明るく正しいお話なんでしょ」と期待もしていませんでした。しかし、一足先に観た我が家の妻の評価が高かったので、恐る恐る映画館に向かいました。
申し訳ありませんでした! 全く舐めていました。本作は、素晴らしい映画です。
トットちゃんは主役ではあるのでしょうが、作品の視線はその背景となる時代とその時代を生きねばならなかった人々に据えられ、更に現代へそしてその先へとしっかり届いています。戦争は降って来るものではなく自分の足許からジワジワと広がり、それを自ら広げる人さえ居るという認識も際立っていました。原作発刊時の40年前以上に、新たな戦前が足許から広がりつつある今観るべき映画です。
泣かせ映画には極めて強い僕も何度かウルッと来てしまいました。これはお子さんと一緒に観て欲しいなぁ。
2023/12/21 鑑賞
トットちゃんをトットちゃんたらしめるもの
<映画のことば>
さぁ、今度はどんな学校を作ろうか。
テレビ旭日系列で長く放送されていた「徹子の部屋」で知られていた黒柳徹子さんには、子供時代にこんなエピソードかあったのかと、初めて知りました。
独自の音楽的手法による教育を実践した学校のようではありますけれども。
しかし、子供たちの個性を、こんなにも尊重する教育をしていた私立小学校か実際にあったことも、初めて知りました。本作を観て。
(子供の個性を大切にし、管理教育=文部省(文部科学的省)が決めた学習指導要領どおりの画一的な教育をしない教員を、徹底した懲戒処分で教育現場から排除してきた、どこぞの国かの義務教育学校とは、大変な違いだとも思いました。)
しかも、「きな臭さ」を増して、戦争への道をまっすぐに突き進もうとしていた、それこそ「挙国一致」が声高に喧伝されていた、まさにその時代。
(皆が同じ考え方をし、同じ行動様式をとることを強制され、その考え方に従えない者は「非国民」として、社会からのけ者にされた時代)
その時代に、こんなにも子どもの個性を大切にする学校があり、そういう教育が実践されていたということは、正直なところ「驚き」以外の何ものでもありませんし、そして、こんなにも
個性豊かな子供時代を過ごしたことが、ゲストから多彩な話題を引き出して、長く長く、さらに長くトーク番組を続けてこられた秘訣なのかも知れない。否、それこそが、トットちゃんをトットちゃんたらしめたものに違いない。
その一端が窺われるのだとも思いました。
佳作だったと、評論子は思います。
(追記)
本作で、泰明君の死は、大きな意味があったのではないかと思いました。
トットちゃんについては。
それまで、天衣無縫、純真爛漫(らんまん)に生きてきたトットちゃんにも、世の中の摂理は無縁でないことを、トットちゃんは彼の死で思い知ったと思うからです。
トットちゃんにとっては、未曾有のエポックメーキングな出来事だったのではないでしょうか。
(追記)
まったくの余談ですけれども。
評論子も親に、お祭りの夜店でヒヨコを買ってもらったことがあります。
「カラーヒヨコ」ということで、全身に蛍光色の染料を付けられて売られていたヒヨコでしたけれども。
(言うまでもなく、その着色は、羽の生え替わりで、すっかりなくなってしまった。)
そしてやはり、評論子の両親も(トットちゃんの場合と同じ理由で)反対した記憶がありますけれども…。
しかし、最後には折れて買ってくれたときは「一羽では寂しがるだろうから」ということで、なんと二羽も買ってもらえました。
評論子が買ってもらったヒヨコは、運よく(?)二羽とも成鶏にまで育ちましたが、お
祭りの夜店で売られているくらいですから、それは卵を産まない鶏(つまり雄)。
とにかく、元気で勇ましい鶏だったことを記憶しています。
ちなみに…鶏は「飛べない鳥」といわれていますが、我が家の鶏は、屋根の高さくらいにまでは飛び上がることができていたようです。
(養鶏場で飼われている鶏は、飛ばないように羽の一部を切り取っているとか。)
亡父の転勤で飼えなり、手放すまで大切に飼うことができましたが、今でも良い思い出になっています。
それにしても、二羽も買ってくれた両親ー。
トットちゃんのヒヨコは、一羽だけだったので、寂しくて死んでしまったのでは…というのは、評論子の勝手な心配ということで、およそ間違いはなかろうと思います。
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