名無し

劇場公開日:2026年5月22日

解説・あらすじ

俳優だけでなく、脚本家、映画監督としても活躍する佐藤二朗が、初めて漫画原作を手がけたサイコバイオレンス「名無し」を、佐藤の主演・脚本、「悪い夏」の城定秀夫のメガホンで映画化。

昼下がりのファミレスで、残忍な殺人事件が発生する。防犯カメラには、犯人と思われる坊主頭の中年男が映っていたが、男の手には凶器のようなものはない。男が近づき、軽く接触するだけで人が血を吹き出して倒れていくという異様な光景が記録されていた。捜査を進める警察は、坊主頭の男が11年前に万引きの疑いで調書を取られた「山田太郎」と同一人物であることを突き止める。山田の自宅住所に急行した捜査員が目にしたものは、腐敗した女性の遺体だった。

主人公である連続殺人犯・山田役を佐藤が演じ、身寄りも名前もなかった少年期の「山田」の名付け親となる巡査・照夫役を丸山隆平、山田と同じ児童養護施設で育ち共に暮らしていた山田花子役をMEGUMI、そして山田を止めるべく奔走する刑事・国枝役を佐々木蔵之介がそれぞれ演じる。

2026年製作/81分/PG12/日本
配給:キノフィルムズ
劇場公開日:2026年5月22日

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(C)佐藤二朗 永田諒 / ヒーローズ (C)2026映画「名無し」FILM PARTNERS

映画レビュー

3.5 評価が低いことが評価されていると感じる作品

2026年5月30日
iPhoneアプリから投稿
鑑賞方法:映画館

名前がついた途端、無機質な物体にも命が宿ったように感じたり、愛着や個としての存在感が増すのはなぜだろう。

名前は親から1番最初のもらう贈り物だという。

そう考えると「名前」とは単なる呼び名ではなく、その人の存在を認め、愛情を注ぐ行為そのものなのかもしれない。

名前をもらえず、名前を知った瞬間にその命を消せてしまう能力を持って生まれた佐藤二郎さん演じる山田太郎。
彼の孤独や絶望は、私には想像もできない。

この作品を観て、「名前」があるということは、この世界に存在を認めてもらえた証のひとつであり、とても特別なものなのだと改めて感じた。

主演・原作・脚本を務めたのは佐藤二郎さん。
昨年の爆弾での評価もあり、興味を惹かれる人も多いだろう。
確かに、無差別殺人の犯人役ということもあり『爆弾』との共通点も少なくない。
しかし、この山田太郎は『爆弾』のタゴサクとは全く異なる人物だ。

タゴサクが言葉で相手を追い詰める知性を持った存在だとすれば、山田太郎はどこか精神的に幼く、言葉よりも表情で感情を露わにする。理性ではなく怒りや衝動で動く人間だ。

番組のインタビューで、佐藤さんが「この作品でとことん絶望を描きたかった」と語っていた。
確かに絶望だ。
摩訶不思議な能力を得て生まれたことで、真っ当には生きられない主人公は、不幸なんだと思う。
知恵がないから短絡な思考になるし、人とのコミュニケーションもうまくとれない。

そして佐藤さん自身が強迫性障害を抱えながら生きていることを思うと、この作品には「普通」や「当たり前」を持てない人間の視点が重ねられているようにも感じた。

周囲と同じように生きられない苦しさ。
理解されない孤独。
存在そのものを否定される絶望。

山田太郎の行動を肯定することはできないが、その根底にある孤独だけは痛いほど伝わってくる。

しかし、だからと言って彼がしてきたことはクズであり、到底許容も同情もできない。

だから私は、この作品の評価が決して高くないことに少し安心した。

この作品は、評価が低いことが一周回って評価されているような、不思議な立ち位置にいる作品だと思う。
もしこの作品を観て、山田太郎に共感したり、彼の行動を肯定したりする人が大勢いたとしたら、それこそ恐ろしい。

孤独は理解できる。
絶望も伝わる。
けれど、受け入れてはいけないものまで受け入れてしまってはいけない。
だからこそ、この作品の低評価にはある種の健全さを感じた。

『名無し』は、犯人に共感するための映画ではない。
名前を持つことの意味。
この世界で存在を認められることの尊さ。
そして、人が抱えるどうしようもない絶望。
それらを静かに見つめるための作品だった。

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AZU

3.5 黒沢清監督等の平成ホラーに似た懐かしさ。右手の設定は中途半端か

2026年5月24日
PCから投稿
鑑賞方法:試写会

悲しい

怖い

佐藤二朗が書いた脚本で、自ら映画化のため売り込むも難航するうち先に漫画化が決まり、遅れて映画化が実現したという経緯の作品。感情が見えにくいキャラクターが淡々と人を殺していく感じは、黒沢清監督の「CURE」(1997)や三池崇史監督の「殺し屋1」(2001)など、元号でいえば平成中期頃のJホラーに似た懐かしい趣を感じた。

佐藤演じる連続殺人犯の右手に特殊な能力があり、それがストーリーを牽引する。資料には「右手の三原則」と説明されていて、第1の触れたものが見えなくなる、第2の命あるものに触れると死ぬ、は本編を観ていれば容易にわかる。ただし第3の「名前を知らなければ効かない(助かりたければ決して名乗るな)」は、本編だけだとわかりづらいし、そもそも名前を知らない相手でも見えない凶器で殺すのだから、中途半端な設定に思える。終盤で第3の設定を知っていればなるほどと合点がいくシーンもあるが、気づかなくても特に問題ない。

佐藤二朗の怪演は見ものだが、主人公がやることは近くに居合わせた罪なき人々への無差別殺傷で、幼くして遺棄された過去や右手の特殊能力が効果的に活かされたとは言い難い。たとえばこれが、女性を食い物にする悪徳政治家だとか、身寄りのない子を人身売買する反社の幹部とか、貧困ビジネスを仕切る経営者といった連中を次々に抹殺していくダークヒーローの話だったら、社会悪にリベンジするカタルシスや共感度が加わったのではと想像する。

もっとも、そんな単純なリベンジではなく、理不尽で圧倒的な暴力そのものを描きたかったのかもしれないし、この寓話風のストーリーをどう受け止めるかは観る人にゆだねられているのだろう。

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高森郁哉

3.5 佐藤二朗氏の怪演

2026年6月16日
Androidアプリから投稿

無差別〇人で血まみれの表情が良かった。ストーリーは単調だから上映時間短めでちょうど良かったかも。
爆弾に続き佐藤二朗氏の狂気の演技に引き込まれた。

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岡

3.5 爆弾に続く佐藤二朗の怪演

2026年6月16日
スマートフォンから投稿

泣ける

難しい

驚く

佐藤二朗が原作から手がけているという話題作。
サイコホラー、バイオレンス系に分類されるのかと思いますが、サイコパスとはちょっと違うのかな…優しい人が考えるサイコパスな気がします。

特殊な能力を持った主人公が能力のせいで壊れていくという話です。
ただ、その能力の発動条件がいまいち分かりにくかったですね。
ラストのミスリードも個人的には好きなんですが、もうちょっと説明が必要だったんじゃないかな…

佐藤二朗の怪演は良かったです。
ただ登場人物全員あまりにも共感できず、なぜ?なぜ?の連続…
動機が理解できない点は多かったものの、そこは重要ではなく不条理を描きたかったのかもしれませんね。

この能力の設定自体はよかったので、能力を使って人を助けるような作品も見てみたいなーと思いました。
佐藤さんご自身は繊細で優しい方なんじゃないかと作品から感じました。

ちなみにエンドロールかなり良かったです。

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なみ