小佐々町
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こさざちょう 小佐々町 | |||||
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日本本土最西端の碑(小佐々町楠泊免 神崎鼻公園) | |||||
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廃止日 | 2006年3月31日 | ||||
廃止理由 |
編入合併 宇久町、小佐々町 → 佐世保市 | ||||
現在の自治体 | 佐世保市 | ||||
廃止時点のデータ | |||||
国 | 日本 | ||||
地方 | 九州地方 | ||||
都道府県 | 長崎県 | ||||
郡 | 北松浦郡 | ||||
市町村コード | 42390-4 | ||||
面積 | 29.98 km2 | ||||
総人口 |
6,982人 (国勢調査、2005年10月1日) | ||||
隣接自治体 | 佐世保市、北松浦郡鹿町町、佐々町 | ||||
町の木 | クスノキ | ||||
町の花 | ヤマツツジ | ||||
小佐々町役場 | |||||
所在地 |
〒857-0492 長崎県北松浦郡小佐々町西川内免172番地3号 | ||||
外部リンク | 小佐々町 | ||||
座標 | 北緯33度12分54秒 東経129度35分56秒 / 北緯33.215度 東経129.599度座標: 北緯33度12分54秒 東経129度35分56秒 / 北緯33.215度 東経129.599度 | ||||
ウィキプロジェクト |
小佐々町(こさざちょう)は、長崎県の北部、北松浦半島にあった町である。北松浦郡に属していた。2006年(平成18年)3月31日に佐世保市へ編入され自治体として消滅した。
ここでは、現在の佐世保市の一地域としての小佐々(こさざ)についても記述する。
地理
[編集]佐世保市の北隣、北松浦半島の西南部に位置しており、周辺の海には九十九島の島々が浮かぶ。町域の最西端部(離島部を除く)は、東経129度33分に位置し、日本の離島部以外の地域では最西端にあたる。
隣接市町村
[編集]2006年(平成18年)3月時点[1]
地域
[編集]小佐々 こさざ | |
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国 | 日本 |
地方 | 九州地方 |
都道府県 | 長崎県 |
自治体 | 佐世保市 |
旧自治体 | 北松浦郡小佐々町 |
世帯数 |
2,218世帯 |
総人口 |
6,155人 (国勢調査、2015年10月1日) |
隣接地区 |
佐世保市相浦地域(浅子町)、鹿町地区 北松浦郡佐々町 |
佐世保市役所小佐々支所 | |
所在地 |
〒857-0492 長崎県佐世保市小佐々町西川内172番地3 |
特記事項:管轄役所の名称は2012年7月末まで「小佐々行政センター」としていた。 |
地名
[編集]小佐々町は1889年(明治22年)の町村制施行時に1村単独(当時は小佐々村)で自治体として発足した為、大字は無し。
2006年(平成18年)佐世保市編入時に地名末尾の「免」の文字、及び小字を廃し、旧来の免の名称に「小佐々町」を冠した町名に変更された[2]。
(表記例:北松浦郡小佐々町西川内免 → 佐世保市小佐々町西川内)
町名設置前 (北松浦郡小佐々町) |
読み | 町名設置後(佐世保市) | |
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免 | 町名 | 行政区 | |
臼ノ浦免 | うすのうら | 小佐々町臼ノ浦 | 臼ノ浦、横浦、港町(一部)、田原(一部) |
楠泊免 | くすどまり | 小佐々楠泊 | 楠泊 |
黒石免 | くろいし | 小佐々町黒石 | 黒石、港町(一部)、新田(一部) |
小坂免 | こさか | 小佐々町小坂 | 小坂、新田(一部) |
岳ノ木場免 | たけのこば | 小佐々町岳ノ木場 | 岳ノ木場 |
田原免 | たばる | 小佐々町田原 | 田原(一部) |
葛籠免 | つづら | 小佐々町葛籠 | 田原(一部) |
西川内免 | にしかわうち →にしかわち[注 1] |
小佐々町西川内 | 西川内 |
平原免 | ひらばる | 小佐々町平原 | 平原 |
矢岳免 | やだけ | 小佐々町矢岳 | 矢岳、神崎 |
- ^ 佐世保市編入時に「西川内」の読みが変更された。
歴史
[編集]中世
[編集]- 1244年(寛元2年)- 松浦氏の古文書「松浦山代家文書[3]」に小佐々太郎重高という名が書かれている[4]。
- 1295年(永仁3年)- 佐々木盛綱の子孫、佐々木小四郎なる者が当地に下り、小佐々小四郎と称し、矢岳太守の時、佐々の正興寺(明治7年に廃寺後、永徳禅寺に合併)黙堂和尚の道風を慕い「萬松山 永徳禅寺[5]」を創建[6]。小四郎は沖田山に城も築いている[4]。
- 1467年(応仁元年)- 小佐々一族は本拠を西彼杵半島に移す[4]。天正遣欧少年使節の中浦ジュリアンは、その子孫である。
近現代
[編集]- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い小佐々村が単独村制施行して北松浦郡小佐々村が成立。
- 1950年(昭和25年)
- 2000年(平成12年) - 町役場を西川内免に新築移転。(現小佐々支所)
- 2002年(平成14年)
- 2004年(平成16年)9月 - 第17回佐々町・小佐々町合併協議会にて合併後の新町名・合併日が決定[9]。
- 新町名:さざなみ町
- 合併日:平成17年4月1日
- 2005年(平成17年)3月 - 佐々町・小佐々町法定合併協議会解散。合併は白紙となる。
- 2006年(平成18年)3月31日 - 宇久町とともに佐世保市へ編入合併、自治体としては消滅、佐世保市小佐々町になる。
- 2010年(平成22年)3月31日 - 江迎町と鹿町町が佐世保市へ編入され、飛地状態解消[11]。
- 2012年(平成24年)8月1日 - 佐世保市役所小佐々行政センターが「佐世保市役所小佐々支所」に改称。
行政
[編集]町長
[編集]- 山口房吉(1953年5月 - 1959年4月)
- 山口利三(1959年4月 - 1967年4月)
- 山本実(1967年4月 - 1975年4月)
- 赤木肇(1975年4月 - 1976年9月)
- 金子正(1976年10月 - 1996年10月)
- 林田誠一(1996年10月 - 2000年10月)
- 久保田寛美(2000年10月 - 合併まで)
教育
[編集]中学校
[編集]町立
小学校
[編集]町立
産業
[編集]かつては町内に北松炭田の炭鉱が複数あり、石炭産業で栄えたが、昭和30年代に主要エネルギーが石炭から石油へ転換したため衰退(エネルギー革命)。現在では漁業およびそれに付随する水産加工業が主産業で、煮干しの生産量は日本最大である。また町内に小佐々工業団地が建設され、製造業の誘致が行われた。
交通
[編集]空港・鉄道なし。
バス路線
[編集]一般路線バス
[編集]道路
[編集]- 高速道路なし。
- 最寄りインターチェンジは西九州自動車道佐々インターチェンジ。
- 一般国道なし。
県道
[編集]一般県道
名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
[編集]- 九十九島 (西海国立公園)
- 大悲観岩陰遺跡 [12] [13] - 縄文時代早期〜古墳時代
- 大悲観公園[13] [14] - シーボルト事件にかかわる物とも[15]。
- 足毛馬公園
- 金子あじさい園
- 冷水岳園地(外部リンク参照) - 冷水岳からの眺めに感動した藤浦洸による「冷水岳の頂に立ち 天と地との和 ここに極まるを見る ここちよし」という詩碑があり、『西海讃歌』の「空いっぱいに」という歌詞も冷水岳からの眺めのことである。
- 神崎鼻公園・日本本土最西端の碑
- 萬松山 永徳禅寺[5]
- 永徳禅寺の中世石塔群[17] [18]
- 鎮守神社の懸仏 [19] - 松浦党ゆかりの懸仏。14世紀頃の製作[6]。
- 本立寺の箱式石棺墓 [20] - 丘陵にかなりの数あったが復元できたのは2基のみ[6]。
出身有名人
[編集]脚注
[編集]- ^ 市町村変遷パラパラ地図 完全版 長崎県 2006年1月4日
- ^ 町の新設及び字廃止の件 平成18年2月3日長崎県告示第127号・128号(佐世保市例規集)
- ^ “松浦山代家文書”. 文化遺産オンライン
- ^ a b c 池田和博・小川照郷 (2006年6月12日). “小佐々の小佐々氏はなぜ海を渡ったのか”.歴史散歩同行二人 | 佐世保の歴史を歩く. lifesasebo.com
- ^ a b “神社・仏閣等 - 萬松山永徳寺 - CKAN”. data.bodik.jp. 2022年9月9日閲覧。
- ^ a b c d e 小佐々町教育委員会
- ^ 日外アソシエーツ編集部 編『日本災害史事典 1868-2009』日外アソシエーツ、2010年9月27日、80頁。ISBN 9784816922749。
- ^ 小佐々町のほか、世知原町、吉井町、佐々町の佐々川沿岸4自治体。11月に「佐々町・小佐々町法定合併協議会」設置により事実上の解散となった。
- ^ ◆佐々町・小佐々町合併協議会◆(国立国会図書館インターネット資料収集保存事業)
- ^ 市町村変遷パラパラ地図 完全版 長崎県 2006年3月31日
- ^ 市町村変遷パラパラ地図 完全版 長崎県 2010年3月31日
- ^ “大悲観岩陰遺跡と出土品|オープンデータ ジャパン”. opd.opendata-japan.com. 2022年9月9日閲覧。
- ^ a b 大悲観.JAPAN GEOGRAPHIC
- ^ “【大悲観公園】アクセス・営業時間・料金情報 - じゃらんnet”. www.jalan.net. 2022年9月9日閲覧。
- ^ プレスマンユニオン編集部 (2020年12月21日). “大悲観公園”. ニッポン旅マガジン. 2022年9月9日閲覧。
- ^ “神社・仏閣等 - 元正興寺仏像 - CKAN”. data.bodik.jp. 2022年9月9日閲覧。
- ^ “史跡 - 永徳寺の中世石塔群 1 - CKAN”. data.bodik.jp. 2022年9月10日閲覧。
- ^ “史跡 - 永徳寺の中世石塔群 2 - CKAN”. data.bodik.jp. 2022年9月10日閲覧。
- ^ “神社・仏閣等 - 鎮守神社懸仏 - CKAN”. data.bodik.jp. 2022年9月9日閲覧。
- ^ “史跡 - 本立寺石棺群 - CKAN”. data.bodik.jp. 2022年9月10日閲覧。
参考文献
[編集]- 小佐々町町勢要覧
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- コミュニティタウン・ウェッヴ・コサザ(2006/02/20アーカイブ) - 国立国会図書館Web Archiving Project
- 佐世保市・小佐々町合併協議会(2006/05/30アーカイブ) - 国立国会図書館Web Archiving Project
- 冷水岳展望台 - ニッポン旅マガジン
- 冷水岳園地 - オープンデータサイト
- 冷水岳園地 - 公園緑地課
- 旧 神崎教会 | 長崎の失われた名建築 - 長崎都市遺産研究会