岡崎神社
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岡崎神社 | |
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拝殿 | |
所在地 |
京都府京都市左京区岡崎東天王町51 [1] |
位置 | 北緯35度1分2.7秒 東経135度47分19.6秒 / 北緯35.017417度 東経135.788778度座標: 北緯35度1分2.7秒 東経135度47分19.6秒 / 北緯35.017417度 東経135.788778度 |
主祭神 |
速素盞鳴尊 奇稲田姫命 三女五男八柱御子神 |
社格等 | 旧郷社 |
創建 | 延暦13年(794年) |
別名 | 東天王社、東天王 |
札所等 |
京都十六社 全国清々会(素戔嗚尊奉祀神社五十九社霊場) |
例祭 | 7月16日(お涼み) |
地図 |
岡崎神社(おかざきじんじゃ)は、京都市左京区岡崎東天王町にある神社。別名「東天王」ともいわれる。かつて付近一帯が野兎の生息地であったことから[2]、兎が氏神様の神使とされる。
概要
[編集]安産の神とされる他、多産である兎が神使であること、祭神の速素盞鳴尊と奇稲田姫命に子供が多いことから子授けの神ともされ、神社創建の由来から方除けの神ともされている。また、境内のあちらこちらにウサギの石像が存在する。
歴史
[編集]延暦13年(794年)、桓武天皇の平安京遷都の際に、王城鎮護のため平安京の四方に祀った大将軍社の一つとされ、都の東に鎮座するころから東天王と称される[3]。
清和天皇が、貞観11年(869年)に造営し、播磨国廣峯から祭神・牛頭天王(速素盞鳴尊)を迎え祀り、当時同所にあった東光寺の鎮守社の役割を果たした。
治承2年(1178年)には高倉天皇の中宮徳子の御産の幣帛を賜ったことにより、安産の神として信仰される。元応元年(1319年)には後醍醐天皇により社殿を再建、正一位の神階と神宝を賜っている。
1934年(昭和9年)9月21日、室戸台風接近による強風のため拝殿が倒壊[5]。
祭儀
[編集]入口にある看板には年中祭儀が以下の日程で記載している。
- 1月1日 - 歳旦祭
- 1月16日 - 宮繁稲荷祭・千度祭
- 2月3日 - 節分祭
- 3月16日 - 祈年祭
- 3月春分の日 - 春季祖霊祭
- 5月16日 - 千度祭
- 6月30日 - 夏越大祓
- 7月16日 - 例大祭
- 9月16日 - 千度祭
- 9月秋分の日 - 秋季祖霊祭
- 10月16日 - 氏子大祭
- 11月16日 - 火焚祭
- 11月23日 - 新嘗祭
- 12月2日 - 雨社祭
- 12月31日 - 年越大祓
祭神
[編集]境内
[編集]-
兎年は多くの参拝客が訪れる(2023年撮影)
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入口石鳥居
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手水舎
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宮繁稲荷神社
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狛うさぎ
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子授けうさぎ像
アクセス
[編集]- 路線バス
- 電車の最寄駅
関連項目
[編集]脚注
[編集]- ^ “アクセス”. 岡﨑神社. 2017年1月25日閲覧。
- ^ “ウサギづくし 苦難もピョン”. 朝日新聞: p. 31. (2023年1月16日)
- ^ a b 『京都大事典』納屋嘉治、19841112、135頁。ISBN 4-473-00885-1。
- ^ 『昭和京都名所圖會』大淵馨、19811030、179頁。
- ^ 京都でも多数が校舎の下敷きに『大阪毎日新聞』昭和9年9月21日号外(『昭和ニュース事典第4巻 昭和8年-昭和9年』本編p228 昭和ニュース事典編纂委員会 毎日コミュニケーションズ刊 1994年)
- ^ 佐和 隆研/[ほか]『京都大事典』淡交社、1984年11月12日、135頁。ISBN 4-473-00885-1。
- ^ 宗政 五十緒・森谷 尅久/編集『京都歳時記』淡交社、1986年2月19日、262頁。ISBN 4-473-00940-8。
- ^ “岡崎神社前”. 京都市役所. 2023年3月22日閲覧。
- ^ “東天王町”. 京都市役所. 2023年3月22日閲覧。
参考文献
[編集]外部リンク
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