越智正典
おち まさのり 越智 正典 | |
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プロフィール | |
出身地 | 日本 東京府 |
生年月日 | 1928年11月18日(96歳) |
最終学歴 | 早稲田大学政治経済学部 |
職歴 |
日本放送協会アナウンサー 日本テレビ放送網アナウンサー →運動部長 野球評論家 スポーツライター |
活動期間 | 1951年 - |
ジャンル | スポーツ |
出演番組・活動 | |
出演経歴 |
プロ野球中継 日本プロレス中継 ミユキ野球教室 NNNワイドニュース 越智正典のMr.ベースボール 越智正典のスポーツ情報 ほか |
越智 正典 | |
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生誕 |
1928年11月18日(96歳) 日本 東京府 |
教育 | 早稲田大学政治経済学部 |
職業 |
アナウンサー 野球評論家 スポーツライター |
代表経歴 |
日本放送協会アナウンサー 日本テレビ放送網アナウンサー→運動部長 |
越智 正典(おち まさのり[1]、1928年11月18日[1] - )は、日本のアナウンサー、野球評論家、スポーツライター。日本放送協会(NHK)アナウンサー[1][2]→日本テレビ放送網(NTV)アナウンサー、のち運動部長[3][4][5]。東京府(のちの東京都)出身[1]。
「おち せいてん」の読みをあてる場合がある[6]。
来歴・人物
[編集]東京府立第一商業、早稲田大学[1]政治経済学部[3][4]卒業。
1951年にNHKへ入局[7]。札幌局勤務ののち[8]、1953年のNTV開局に伴い同局へ第1期アナウンサーとして移籍とする資料があるが[2][9]、同年10月21日のNHKラジオ第2放送での日米野球(円山球場)の実況を担当しているため[10]、実際には開局翌年移籍とみられる[1]。以後、特にスポーツ中継の実況アナウンサーとして活躍。
中でもプロ野球・読売ジャイアンツ(巨人)主催試合の実況を数多く担当。1974年10月14日の長嶋茂雄の現役引退試合(対中日戦、後楽園球場)では、試合後の共同記者会見を担当。また、1970年代前半まで、ミユキ野球教室でリポーターを担当した。野球のほかには、NTV初のプロレス中継(1954年2月19日 - 21日。力道山・木村政彦組vsシャープ兄弟戦)第2日目の実況を務めた(ちなみに、初日・佐土一正、3日目・江本三千年が実況、3日間にわたり解説を田鶴浜弘が務めた)。
スポーツ以外では、1959年4月10日の皇太子成婚式典中継において、皇居内、宮中三殿の賢所における結婚の儀の実況を担当。1971年4月 - 1972年3月には、NNNワイドニュースのキャスター(火・水曜→1971年10月以降は月曜)も担当した。
その後運動部長を経て[1][4]、1975年にNTVを退社[4]後は野球評論家・スポーツライターとなり[1]、プロ・アマを問わず野球に関するコラム・随筆を執筆している。かつて東京六大学野球中継にも携わったことから、母校の早大から東都大学を含めて細かく把握している。
出演情報
[編集]番組
[編集]テレビ
[編集]- 野球中継(NTV)
- プロ野球中継[11]
- 日本プロ野球初の天覧試合(1959年6月25日、巨人対大阪第11回戦)[12]
- オールスターゲーム(1954年第2戦・1955年第1・2戦・1956年第1戦・1959年第1・2戦・1960年第2・3戦・1962年第1戦・1963年第1・3戦・1965年第1戦・1968年第2戦・1970年第1戦・1973年第1戦・1974年第1戦)
- 日本シリーズ(1955年・1957年 - 1965年・1969年 - 1974年)
- 巨人のシーズン開幕戦(開催が後楽園球場の場合のみ)の実況は1954年~1960年(対国鉄)、1961年(対中日)、1964年(対国鉄) - 1968年(対大洋)、1970年(対中日)、1973年(対ヤクルト)の15回担当している(実況を担当した開幕戦での巨人の成績は7勝8敗)。
- 東京六大学野球中継[11]
- 都市対抗野球大会中継[11]
- プロ野球中継[11]
- 日本プロレス中継(NTV。1954年2月20日放送で初担当)
- ライスボウル中継(NTV。1955年、極東空軍対海兵隊戦[13])
- ミュンヘンオリンピック中継(1972年。初のジャパンプールの一員として参加、閉会式を担当[14])
- ミユキ野球教室
- NNNワイドニュース(1971年4月 - 1972年3月)
- サンテレビボックス席(サンテレビ。1980年に阪急ブレーブス主催ゲームの実況を担当)
ラジオ
[編集]- 越智正典のMr.ベースボール(1978年4月3日 - 1978年9月25日。TBSラジオ)[15]
- 巨人誕生-ベーブ・ルースを迎え撃て(1984年3月4日、20:00 - 21:00[15]。TBSラジオ) ※単発番組[15]。王貞治、二出川延明と共演[15]。
- プロ野球50年男の熱闘(1984年10月8日 - 1985年4月5日[15]。TBSラジオ) ※平日帯ワイド番組の内包番組[15]。松下賢次と共演[15]。
- 越智正典のスポーツ情報(STVラジオ。1980年代 - 1990年代頃)[16]
- 越智正典のスポーツエッセイ(STVラジオ。1990年代頃。『オハヨー!ほっかいどう』内で放送)[6][17]
映画
[編集]- 不滅の熱球(1955年、東宝) - アナウンサー 役[2]
- 四万人の目撃者(1960年、松竹) - 野球アナウンサー 役[18]
- ミスター・ジャイアンツ 勝利の旗(1964年、東宝) - アナウンサー 役[2]
- スパルタ教育くたばれ親父 (1970年、日活) -友情出演
著書
[編集]- 『ジャイアンツの歴史 物語』ベースボール・マガジン社、1961年4月25日。NDLJP:2494022。
- アナおもしろ記 マイク武者修行(1965年、報知新聞社)
- 強者 プロ野球ドキュメント(1965年、秋田書店。「サンデー新書」)
- 野球王国アメリカ光と影 この目で見た大リーグ(1972年、世紀社出版。「世紀社101シリーズ」)
- プロ野球ネット裏・20年 長島茂雄と輝しきライバルたち(1975年、実業之日本社)
- 素顔の大リーグ(1977年7月、恒文社)
- ジャイアンツの歴史(1979年7月、恒文社) ※新版
- ジャイアンツの歴史(1980年2月、恒文社) ※新版
- ジャイアンツの歴史(1984年1月、恒文社)ISBN 4770405545 ※増補改訂版
- 実況 長嶋茂雄(2000年、毎日新聞社)ISBN 4620314773
- 東映フライヤーズ あゝ駒沢の暴れん坊 追憶の球団(2014年12月、ベースボール・マガジン社) ISBN 9784583107127
連載
[編集]- シリーズ/人間・王貞治(『ベースボールマガジン』2012年5月号 - 2014年7月号)
- 神宮球場ガイドブック「神宮球場から飛び立ったプロ野球のスターたち」、「外苑散歩道」等(1990年 - 2017年、春秋2回・神宮球場で販売 ベースボールマガジン社発行)
脚注
[編集]- ^ a b c d e f g h 外部リンク(コトバンク)を参照。
- ^ a b c d 外部リンク(東宝サイト内の映画出演記録)を参照。
- ^ a b 自著『実況長嶋茂雄』のプロフィール。
- ^ a b c d 自著『東映フライヤーズ あゝ駒沢の暴れん坊 追憶の球団』のプロフィール
- ^ みんなで語ろう民放史 泣き笑いスポーツアナ奮戦記-カープを追い続けた地方局-(中国民放クラブ岡山支部ホームページ内に掲載された、元RCCスポーツアナウンサー・山中善和の手記)より、RCC東京支社長当時の1975年秋、広島東洋カープ初優勝の可能性がある後楽園球場での対読売ジャイアンツ(文中では巨人)戦に中継録画を実施しようと中継権を持つNTVへ許可を求めた際のエピソードについてつづった文中で「旧知でスポーツアナの大先輩でもある越智日本テレビ運動部長との根回しも終わり、そこまでは大成功だった。」との記述が見られる。
- ^ a b STVラジオ パーソナリティプロフィール一覧(五十音順)…お - STVラジオ公式サイト内(リンク先は、インターネットアーカイブ1997年1月2日付保存キャッシュ)
- ^ 『アナウンサーの70年』掲載「NHKアナウンサー一覧」より、1951年入局者の一覧を参照。
- ^ 『12球団全選手カラー百科名鑑2002』(『ホームラン』2002年3月号増刊。2002年3月31日、日本スポーツ出版社発行)P243-244の記述を参照。
- ^ 『実況! 熱きことばの伴走者たち』P214より、昭和28年(1953年)に日本テレビへ入社したアナウンサーの一人として越智の名前が明記。
- ^ 朝日新聞、1958年10月21日、第5面、ラジオ・プログラム。
- ^ a b c 『実況! 熱きことばの伴走者たち』P214より、日本テレビの昭和29年(1954年)当時のアナウンス部メモを参照。大平和夫とともにプロ野球のオープン戦・オールスター戦、東京六大学野球、都市対抗野球を担当したことがつづられている。
- ^ 『実況! 熱きことばの伴走者たち』P216より、日本テレビ昭和34年(1959年)当時のアナウンス部メモを参照。
- ^ 『実況! 熱きことばの伴走者たち』P215より、日本テレビの昭和30年(1955年)当時のアナウンス部メモを参照。
- ^ 『実況! 熱きことばの伴走者たち』P222より、日本テレビ昭和47年(1972年)当時のアナウンス部メモを参照。
- ^ a b c d e f g 『TBS50年史』DVD-ROM『ハイブリッド検索編』に収録のラジオ番組データベースより、「出演者別リスト」→「お」→「越智正典」を参照。
- ^ 参考:『ラジオ新番組速報版』1985年春号(三才ブックス発行)に掲載のSTVラジオ番組表(『ラジオマニア2010』P155にも縮刷掲載)より、平日16:00 - 17:55『ドライビングパートナー ラジオスクランブル』の内包番組として16:50 - 17:00に編成されていることが確認できる。
- ^ 参考:『ラジオ番組表』1997年秋号(三才ブックス発行)に掲載のSTVラジオ番組表(『ラジオマニア2013』P157にも縮刷掲載)より、平日6:00 - 9:00『巻山晃のオハヨー!ほっかいどう』の内包番組として7:45 - 7:55に編成されていることが確認できる。
- ^ 四万人の目撃者 - KINENOTE
参考資料
[編集]- 外部リンク
- アナウンサーたちの70年(1992年12月、NHKアナウンサー史編集委員会編・講談社発行)ISBN 4062032325
- 実況! 熱きことばの伴走者たち(1994年3月発売・4月1日発行、日本テレビ放送網アナウンス部編著・創拓社発行)ISBN 9784871381772
- TBS50年史(2002年1月、東京放送編・発行)…国立国会図書館の所蔵情報
- 資料編
- 付録のDVD-ROM『ハイブリッド検索編』(PC対応)
- ラジオ番組データベース
- ラジオマニア2010(『三才ムック』vol.329。2012年10月16日発売・11月1日発行、三才ブックス)ISBN 4861992931
- 『ラジオ新番組速報版』1985年春号(三才ブックス発行)に掲載されたSTVラジオ番組表(P155に縮刷掲載)
- ラジオマニア2013(『三才ムック』vol.571。2012年11月28日発売・12月1日発行、三才ブックス)ISBN 4861995507
- 『ラジオ番組表』1997年秋号(三才ブックス発行)に掲載されたSTVラジオ番組表(P157に縮刷掲載)
- 本人著書