韓国による天皇謝罪要求
韓国による天皇謝罪要求(かんこくによるてんのうしゃざいようきゅう)では、2012年8月14日に、当時韓国大統領であった李明博が「天皇(日王[1][2])が韓国に来たければ独立運動家に謝罪せよ」と要求したこと、及び同年8月10日に行った竹島上陸に端を発した韓国と日本の外交衝突について述べる。
背景
[編集]李明博は、2008年の大統領就任以前から日本には「謝罪や反省は求めない」と発言しており[3]、大統領就任後の2008年4月に訪日すると、当時の天皇明仁、皇后美智子との会見時に韓国訪問を招請した[3]。
2011年10月、韓国の要請を受けて日韓首脳会談でウォン急落が懸念される韓国を支援するため通貨交換協定を130億ドルから700億ドルに拡大[4]。2011年12月、日韓首脳会談で李明博は、慰安婦問題の解決を日本の野田佳彦首相に強く求めた[5]。2012年7月、李明博は申珏秀駐日大使に対して日本側の慰安婦問題解決の意志について打診したが日本の歴史認識は変わっていないと報告を受けた[5]。
概要
[編集]- 2012年8月10日、李明博が竹島(韓国名:独島)に上陸し、「韓国領」であると改めて発言。同日、ロンドンオリンピックにおける男子サッカー日韓戦で勝利した朴鍾佑が「独島は韓国の領土である」と記載されたプラカードを掲げる[6]。
- 8月13日、日本政府は韓国への700億ドル(5兆5千億円)におよぶ資金支援枠の大幅な拡大は李明博の竹島上陸がなされても見直さない旨を発表する[7]。
- 8月14日
李大統領は現場で日王が「ひざまずいて」謝らなければならないという表現を使ったことが分かったが、その後、大統領府が公開した発言録からは抜けていたことが確認された。李大統領は日本の植民地問題については容赦できるが、忘れることはできず、追求すべきことは追求すべきだと声を高めた。「静かな外交」と言われた対日外交政策が強硬モードに変わったことが示唆される[10]。
「跪いて謝罪する」について西村は、「儒教の因習が色濃く残る韓国では、罪人が謝罪するときに跪かせるのが一般的で、足を縛って跪かせ、土下座させる刑罰も朝鮮半島にあった。つまり、李明博大統領の発言は「日王」が足を縛って跪いて謝罪する姿までを連想させてしまうのである」と述べている[10]。
その後、『ソウル新聞』はWEBサイトの記事から「跪いて謝罪」という言葉を削除した。西村は、「面白いことに、日本人に最初に天皇謝罪発言の真実を伝えてくれたソウル新聞はその後、WEBサイトの記事を改竄(かいざん)してしまう。現在、当該ページ(『ソウル新聞』2012年8月15日』2012年8月15日)を読むと、見出しをも含め、「跪いて謝罪」という言葉は一切、なくなっている」と述べている[15]。
一方、インターネットアーカイブ・サイトには以下のように最初の記事が残されている[16]。記事の下線と内部リンクは引用者が施したものである。
朝鮮語の原文 | 文言の日本語訳 |
---|---|
이 대통령은 이날 충북 청원군 한국교원대학교를 방문한 자리에서 ‘독도 방문’에 대한 질문이 나오자 작심한 듯 직설적으로 일본을 몰아붙였다. 이 대통령은 현장에서 일왕이 ‘무릎을 꿇고’ 사과해야 한다는 표현을 쓴 것으로 알려졌지만, 이후 청와대가 공개한 발언록에는 빠진 것으로 확인됐다. | 李大統領はこの日、忠清北道清原郡の韓国教員大学校を訪問した席で“独島訪問”についての質問が出ると、毅然として直接的な表現で日本に対して明確な謝罪を求めた。李大統領は、その場で日王が“跪(ひざまず)いて”謝罪しなければならないという表現を使ったことが報道されたが、その後、大統領府が公開した発言録から〔この文言が〕削除されたことが確認された。 |
- 8月15日、李明博は光復節祝辞で「日本軍慰安婦被害者問題は人類の普遍的価値と正しい歴史に反する行為」であると述べた[5]。
- 8月17日、野田首相は李明博に対して親書を送ったが、22日に韓国は受領する代わりに日本の外務省に返却しに来たため外務省は敷地内への立ち入りを拒否した[18][19]。同日、玄葉光一郎外相は申珏秀駐日大使に抗議した[20]。
- 8月23日、安住淳財務相は10月に期限が切れる日韓通貨交換協定の拡大措置について、10月以降は白紙とすることを表明するとともに[4]、日本側から通貨交換協定を要請したとする韓国側の報道を否定した[4]。
- 8月24日、キム・イルセン兵務庁長は韓国国会で朴鍾佑の兵役免除を認めることを明らかにし、「勇気のある奇特な選手だ」と行為を評価した[21]。
韓国世論
[編集]李明博の天皇への謝罪要求について、韓国最大の発行部数を誇る朝鮮日報は「日王の父ヒロヒトは1926年の即位後、植民地支配時に我が民族全体を迫害し、弾圧した人物であり、太平洋戦争では韓国の若者を銃の盾とし、若い女性を日本軍の性的奴隷にした特別A級戦犯であり、南北分断も日帝統治が原因であるのだから、日本王室(皇室)に対する当然の要求である」と大統領の発言を肯定するとともに[9]、「アキヒトは手遅れになる前に、ブラント西ドイツ首相(ユダヤ人犠牲者慰霊碑前で膝をついて謝罪した)のように膝をついて謝罪する写真を歴史に残すべきである」と訴えている[9]。このような動きに対して酒井信彦は韓国は慰安婦問題をナチスのユダヤ人虐殺になぞらえ、売春を虐殺と同等の「犯罪」だと決め付けるまでに至っており、日本人は韓国人によって世界史に全く類を見ない冤罪を着せられていると述べている[22]。
反民族行為処罰法に基づいて韓国国会と共同で親日派708人名簿を作成した光復会は李明博の発言を積極的に支持するとして「日王は韓国を訪問する前に独立有功者と遺族に頭を下げて謝罪しなければならない」「日王は軍慰安婦と強制徴用・徴兵被害者たちにも心からの謝罪はもちろん、政府はこれによる国家的賠償を要求しなければならない」との声明を出した[23]。
日本の対応
[編集]日本国会の謝罪要求撤回決議
[編集]8月24日、衆議院本会議にて李明博による天皇謝罪要求発言と島根県竹島への上陸に抗議する決議が提案され民主党、自由民主党、公明党、みんなの党、国民の生活が第一などの賛成により[24][25]、日本共産党、社会民主党の反対を押さえて採択された[25]。決議では天皇謝罪要求について「友好国の国家元首の発言として極めて非礼で決して容認できない」と発言の撤回を求めるとともに竹島占拠について「わが国固有の領土であるのは歴史的にも国際法上も疑いはない」「不法占拠を韓国が一刻も早く停止することを強く求める」とされた[24]。
8月29日、参議院本会議にて天皇謝罪要求発言と竹島への上陸に抗議する決議が提案され、民主党、自民党などの賛成により可決された[26][27]。決議では「友好国の国家元首が天皇陛下に対して行う発言として極めて非礼な発言であり、決して容認できないものであり、発言の撤回を求める」とされた[28]。
天皇謝罪要求撤回に併せて提起された、竹島をめぐる国会決議は韓国が李承晩ラインを引いたのに対し、1953年11月に決議された日韓問題解決促進決議以来である[24][25]。
批判
[編集]東京大学名誉教授の坂本義和は、慰安婦問題などに関して日本政府の対応を批判しながらも、李明博によるこの発言は「明らかに失言」であり、「日本の戦争責任を日本のふつうの国民以上に痛感している点で、私も敬愛を惜しまない現天皇について、あまりに無知であり、恥ずべきである」と強く批判した[29][30]。
日本共産党も「(いまの)天皇というのは憲法上、政治的権能をもっていない。その天皇に植民地支配の謝罪を求めるということ自体がそもそもおかしい。日本の政治制度を理解していないということになる。日本政府に対して、植民地支配の清算を求めるならわかるけど、天皇にそれを求めるのはそもそもスジが違う」とこれを批判している[31]。
外交的配慮
[編集]2012年12月16日に第46回衆議院議員総選挙が実施される約2ヶ月前の10月8日、総選挙による政権交代で与党復帰の可能性が高いと予想された野党第一党・自民党の衆議院議員(元首相)麻生太郎は、韓国大統領府で李明博と会談した。天皇に謝罪を求めたとされる8月の発言について、麻生は会談後、報道陣に対し、「陛下に韓国に来いとか、謝れとかいったことはない、という話を(李大統領から)うかがった」と述べた[32]。一方、2013年2月15日に李明博大統領は韓国核武装肯定と竹島上陸は日本への先制である旨を語った際に、「日王は(自分の発言以後)『謝る用意もあり韓国を訪問したい』と明らかにしたという。実際より少し誇張されて自分の発言が伝えられた面がある」と、東亜日報のインタビューで明らかにした[33]。
対韓感情への影響
[編集]この影響で、官民ともに交流事業の中止が相次いだ。また、韓国を訪れる日本人観光客も、ウォン高にシフトしていたことも相まって減少をし続け、2013年には長年日本人が1位であった入国者数でも、初めて中国人が1位になり、2位に転落することになった[34]。
軍事的脅威
[編集]読売新聞とアメリカギャラップ社の共同調査[いつ?]によって「日本にとって軍事的な危険な国」として日本国民の37%が韓国を上げており、李明博の行動が影響を与えているとの分析がなされている[35]。中央日報は、李明博の竹島上陸と合わせて、この謝罪要求によって、日本社会が嫌韓へと転じたと指摘している[36]。
脚注
[編集]- ^ 天皇の朝鮮での蔑称。
- ^ 韓国人が「天皇」を「日王」と呼ぶのは、小中華思想に基づいた日本人蔑視が根底にあるとされる。西村幸祐は『「皇帝」以上の「天皇」という尊号を支那の皇帝に使うのならまだしも、倭人と
蔑 () む日本人が使用することを彼らの妄想的な自尊心が許さないからだ。』とする。つまり、日本人への差別意識に基づく、一種の執着がそうさせているという。(西村 2012, p. 81) - ^ a b c 共同 (2012年8月14日). “「心からの謝罪求める」と天皇訪問で韓国大統領 支持率上げる思惑か”. MSN産経ニュース (産経新聞社). オリジナルの2012年8月14日時点におけるアーカイブ。 2012年11月24日閲覧。
- ^ a b c “日韓通貨交換協定、安住財務相が韓国内報道を否定 10月以降白紙も表明” (日本語). MSN産経ニュース (産経新聞社). (2012年8月23日). オリジナルの2012年8月25日時点におけるアーカイブ。 2012年11月24日閲覧。
- ^ a b c 안용수・차병섭 (2012年8月24日). “李대통령, 지난달 日 위안부 해결 의지 타진” (朝鮮語). YONHAP NEWS (聯合ニュース). オリジナルの2012年11月1日時点におけるアーカイブ。 2013年9月23日閲覧。
- ^ 内藤泰朗 (2012年8月11日). “「独島はわれわれの領土」サッカー日韓戦後、選手が政治的メッセージボード IOC調査開始” (日本語). MSN産経ニュース (産経新聞社). オリジナルの2012年8月11日時点におけるアーカイブ。 2012年11月24日閲覧。
- ^ “日韓の金融協力は維持 竹島上陸でも、政府方針” (日本語). MSN産経ニュース (産経新聞社). (2012年8月13日). オリジナルの2012年8月13日時点におけるアーカイブ。 2012年11月24日閲覧。
- ^ 島谷英明 (2012年8月14日). “天皇陛下訪韓なら「心から謝罪を」 韓国大統領” (日本語). 日本経済新聞 (日本経済新聞社). オリジナルの2012年8月14日時点におけるアーカイブ。 2012年11月24日閲覧。
- ^ a b c 이하원 (2012年8月20日). “日王, 독립운동가에게 사과하라"… 뭐가 잘못인가” (朝鮮語). 朝鮮日報 (朝鮮日報). オリジナルの2012年8月22日時点におけるアーカイブ。 2012年11月24日閲覧。
- ^ a b c d (西村 2012, p. 82)
- ^ 이 대통령 “日 왕, 한국 오려면 진심 사과해야” - KBS NEWS(韓国放送公社) (KBSニュース9、2012年8月14日)
- ^ “国賓 大韓民国大統領閣下及び同令夫人のための宮中晩餐”. 宮内庁 (1990年5月24日). 2009年11月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年11月24日閲覧。
- ^ 김성수・하종훈기자 (2012年8月15日). ““일왕 무릎 꿇고” 직격탄… ‘日 때리기’로 레임덕 돌파 행보” (朝鮮語). ソウル新聞 (ソウル新聞社). オリジナルの2012年8月14日時点におけるアーカイブ。 2012年11月2日閲覧。
- ^ 「足をしばって、ひざまづいて謝罪するなら」韓国大統領・天皇を侮辱 - YouTube
- ^ (西村 2012, p. 83)
- ^ 김성수・하종훈기자 (2012年8月15日). ““일왕 무릎 꿇고” 직격탄… ‘日 때리기’로 레임덕 돌파 행보” (朝鮮語). ソウル新聞 (ソウル新聞社). オリジナルの2012年8月14日時点におけるアーカイブ。 2012年11月2日閲覧。
- ^ “韓国外相「天皇陛下が謝罪しなければならないのは間違いない」”. J-CASTニュース (ジェイ・キャスト). (2012年8月22日). オリジナルの2012年8月23日時点におけるアーカイブ。 2013年9月23日閲覧。
- ^ “例のない非礼、侮辱に激怒の声噴出 野田首相の親書を韓国が返送方針”. J-CASTニュース (ジェイ・キャスト). (2012年8月23日). オリジナルの2012年8月24日時点におけるアーカイブ。 2013年9月23日閲覧。
- ^ ソウル聯合ニュース (2012年8月29日). “独島への日本の姿勢が変わった=韓国外交通商部長官”. YONHAP NEWS (聯合ニュース). オリジナルの2012年8月31日時点におけるアーカイブ。 2012年11月24日閲覧。
- ^ “李明博大統領の天皇謝罪発言に抗議 玄葉外相、韓国大使に”. MSN産経ニュース (産経新聞社). (2012年8月17日). オリジナルの2012年8月17日時点におけるアーカイブ。 2012年11月24日閲覧。
- ^ “五輪メダル保留の韓国代表が兵役免除へ 兵務庁長「彼は勇気のある奇特な選手」”. 韓フルタイム (ライブドア). (2013年9月23日). オリジナルの2012年8月28日時点におけるアーカイブ。 2012年11月24日閲覧。
- ^ 酒井信彦 (2012年8月21日). “韓国は中共による日本侵略の手先となる”. 酒井信彦の日本ナショナリズム. 2013年9月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年9月23日閲覧。
- ^ 장성주 (2012年8月22日). “광복회 "日王 한국 방문 전 머리숙여 사죄부터 해야"” (朝鮮語). 中央日報 (中央日報社). オリジナルの2013年9月23日時点におけるアーカイブ。 2013年9月23日閲覧。
- ^ a b c “不法占拠の停止要求、衆院で竹島決議 尖閣上陸でも非難決議”. MSN産経ニュース (産経新聞). (2012年8月24日). オリジナルの2012年8月24日時点におけるアーカイブ。 2013年9月23日閲覧。
- ^ a b c 東京聯合ニュース (2012年8月24日). “日本衆院が抗議決議を採択=独島問題など”. YONHAP NEWS (聯合ニュース). オリジナルの2013年6月15日時点におけるアーカイブ。 2012年11月24日閲覧。
- ^ 内閣官房内閣広報室 (2012年8月29日). “平成24年8月29日 参議院本会議”. 首相官邸. 2012年10月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年9月23日閲覧。
- ^ “竹島と尖閣で抗議決議を採択”. NHK NEWSWeb (NHK). (2012年8月29日). オリジナルの2012年8月31日時点におけるアーカイブ。 2013年9月23日閲覧。
- ^ 呉谷豊 (2012年8月30日). “参院、李明博韓国大統領の竹島上陸抗議決議を採択”. 新華経済 (新華社). オリジナルの2013年9月23日時点におけるアーカイブ。 2013年9月23日閲覧。
- ^ 坂本義和 (2012年9月8日). “竹島解決に向けて 慰安婦問題の反省こそ前提~国際政治学者・坂本義和さん寄稿”. 東京新聞 (中日新聞東京本社)
- ^ (坂本 2012, p. 39)
- ^ 志位和夫 (2012年9月11日). “天皇への謝罪要求 大統領発言は不適切”. しんぶん赤旗 (日本共産党中央委員会) 2014年9月23日閲覧。
- ^ “「天皇に謝罪要求」否定 韓国大統領、麻生元首相と会談”. 朝日新聞デジタル (朝日新聞). (2012年10月8日). オリジナルの2012年10月9日時点におけるアーカイブ。 2013年9月23日閲覧。
- ^ 黒田勝弘 (2013年2月15日). “李大統領「核武装論は間違っていない、だが時期尚早」”. イザ! (産経新聞). オリジナルの2013年6月25日時点におけるアーカイブ。 2013年9月23日閲覧。
- ^ “昨年韓国を訪問した中国人392万人…日本人抜いて最多に”. 中央日報. (2014年1月15日) 2014年8月16日閲覧。
- ^ “「韓国、日本にとって軍事的に危険」回答者が増える…独島の影響?”. 中央日報 (中央日報社). (2013年2月15日). オリジナルの2013年7月4日時点におけるアーカイブ。 2013年9月23日閲覧。
- ^ キム・ヨンヒ (2014年4月18日). “慰安婦問題、現実的な出口戦略を探そう”. 中央日報 2014年4月19日閲覧。
参考文献
[編集]- 坂本義和「歴史的責任への意識が問われている 自省にもとづく紛争解決」『世界』第836号、岩波書店、2012年11月、37-41頁。
- 西村幸祐「韓国一流紙までが反日原理主義」『WiLL』第96号、ワック、2012年12月、80-91頁。