家に帰る道を一人、俺は歩いていく。そして玄関の前で立ち止まり、鞄の中から鍵を探し出し、鍵穴に差し込む。ガチャリ、とドアを開いて中に入ると、其処には
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
俺の妻、ミクが背中に包丁を突き立てて、うつ伏せの状態で、死んでいた。
「・・・・・・・・・・・・」
再度、俺はミクに目を凝らす。背中には間違う事無く包丁が突き刺さっており、服にはじわりと血が滲み出ている。そして廊下には血溜まりまで出来ている。間違いなく、知らない人が見たら“死体”だと思うだろう。
だがしかし、俺の目は微かに上下するミクの背を、見逃してはいなかった。ハァ、と息を吐き、
「今日のは掃除が大変そうだな」
と言って俺が笑うと、死体――もといミクはうつ伏せの状態のまま、背中に包丁を突き刺したまま、ククク、と笑った。
――そう、何時から始まり始めたのか、何時しか俺ことミクオが仕事から帰ってくるとミクが玄関先の廊下で死んだ振りをしているのが、日常となっていた。
兎に角、家に帰ったら行き成り人が―しかも妻が死んでいるのだ。驚かない訳が無い。だがしかし、慣れとは恐ろしいもので、今ではすっかり慣れ、しかも突っ込みまでいれている自分がいる。本当に、慣れとは恐ろしいものだと俺は痛感した。
しかもどんな死に方をしているのか、全く予想も出来ないので、慣れたとは言いつつも、行き成り首を吊った状態でぶら下がられていては此方も驚くってもんだ。いや、本当にあった。断じて俺は嘘を付いている訳ではない。
何時だったかなんて、玄関を開けてみたら異臭がして何だと思ったら地下鉄の中を再現した小道具があり(本当に何処から調達してきたんだが今でも分からない)、なんとあの地下鉄サリン事件を再現していた。何で地下鉄サリン事件と分かったかと言うと、ご丁寧に天井から糸で紙がぶら下がっており、其処にミクの丸い文字で「地下鉄サリン」と書いてあったからだ。お前、何処でこんな情報仕入れてきた。
ある日は頭に矢が刺さってたり、何処で仕入れてきたのか軍服を着て銃を抱えて、しかも指で廊下に「天皇陛下万歳」とか書いてたり。しかもご丁寧に血糊で掠れ気味に書いていた。忠実に再現しすぎだろう。いや、旧日本軍兵がこんな事やってたかは不明だが。
あぁ、でもあれだな。家に帰ってきてマンボウならまだしもマ○ンボウの着ぐるみが死んでた時は流石にドアを閉めた。何で此処でポケ○ンなんだよ。マンボウ型のポケ○ン出たからって此れはないだろ。しかも時々ビチビチと跳ねていた。陸に上がった人魚か。いや、まだその方がましだった。止めてくれ、マ○ンボウの着ぐるみのままで跳ねるのは止めてくれ。
「ほら、ミク立て。後片付けするぞ」
背中に包丁を突き立てたままのミクにそう言うと、ミクはムクリと立ち上がり、その顔に子供の様な無邪気な笑みを浮かべ、えへへと笑う。
「何か詰まんないね。クオももう慣れちゃったんだもん」
「そりゃ毎日死なれてたら慣れるわ。人間舐めんなよ」
むぅ、と頬を膨らませたミクの頭をポンポンと数回叩くと観念したのか、フ、と息を付くと背中に突き刺さっていた包丁を抜いた。本来ならば先が尖っている筈のそれは刃の途中ですっぱりと途切れていた。
「廊下拭くのクオも手伝ってよね!」
「マジかよ・・・。意外と大変なんだぜ? 血糊拭くの」
「だからじゃん!」
ぶーぶーと口で文句を言いつつも流石に手際が良い。そう言ってる間にもミクは濡らしてきた雑巾をハイ、と俺に渡す。おいおい、本当にやるのかよ。
俺が嫌な顔をしている間にもミクは黙々と廊下を拭き始める。その姿に観念し、俺もしゃがみ込み、廊下を吹き始めた。
でも何時だったか、頭に矢が刺さったまま晩御飯の準備をしようとしていたのは流石に全力で阻止した。しかも止めたら止めたで
「大丈夫だよ! 今日カレーだから!」
「そういう問題じゃないだろ!」
「平気だって! この血、ケチャップだから!」
「食べ物を粗末に扱うな!」
何て事があったのは此処だけの話。食べ物は粗末に扱うな。遊びに使うな。赤ちゃんだけだ、許されるのは。
でも、ふと思う。何故ミクは死んだ振りをする様になったのかを。そしてふと思う。
結婚する前は、幾ら仕事で疲れていようとも、ミクに会うだけで、その疲れは一気に消し飛んだ。ミクといるだけで楽しかった。
週末のデートでは当ても無く徹夜で車を飛ばして、海を見に行ったりもした。その時に丁度、日が昇ってきて、その朝日を浴びたミクの姿が、自惚れだとは思いつつも、綺麗だと思った。
結婚してからは、俺にも初めて部下が出来、そして、仕事がとても楽しくなってきていた。
家で一人で待っているミクの事も、「ミクの事だから大丈夫だろう」と思って、心配もしていなかった。ミクはあの明るい性格だから友達も多い。だから安心していたのだろう。
もしかして。俺は思う。
家に帰るとミクが必ず死んだ振りをしているのは、寂しいから、一人は嫌だから、その気持を俺に伝えようとしているのではないか、と。
でも、ミクの気持はミクにしか分からない。
けれど、家に帰って、ミクの死んだ振りの演技を見る事が、俺達二人の愛の証なら、其れは其れで、ありなんじゃないかって思う。
家に帰ると、ミクが、妻が必ず死んだ振りをしている。そして俺は其れを何時からか心待ちにしていた。
さて、今日はどんな死に方をしているのか。少し期待を込めつつ、俺はドアを開く。
「ただいま、ミク」
【自己解釈】 家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています。 【原曲イメージ崩壊注意】
クオミクで「家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています。」を書いてみました。
ネタは最近振ってきました。あれ、私クオミクあんまり見た事ないのにな・・・?
こんな駄作ですが喜んで頂けたのなら幸いです。
それでは、此処まで読んで頂き、有難う御座いました!
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