開店と同時にどっとスーパーに客が流れ込む。全て安売り目当ての客で、目をギラつかせて狙いの品があるコーナーへ一直線にカートを走らせる。私は右手にカート、左手にぼんやりしてるカイトの腕を掴んで安売りの品を最も効率よく手に入れられるルートを駆け、まずは大人気の砂糖と卵、更についでに安かった牛肉もカゴに放り込んですぐさまレジへ並ぶ。会計をすませたら荷物は自転車のカゴに放り込んで同じルートで同じ品を買い別のレジへ。その繰り返しを三回…調子に乗って更に四回繰り返したところで満足し、五回目の砂糖と卵と牛肉以外の肉を確保した後で今度はゆっくりと見て回る。タイムセール終了の昼までにはまだ時間があるし、品はすでに確保したからもう何も恐ろしいことはない。何と清清しい達成感か!
満ち足りた気持ちに包まれている私とは違い、何度も繰り返した荒行事にぐったりしているように見えなくも無いカイトだったが、アイスのコーナーにさしかかると ぱあと表情を明るくしいそいそ好みのアイスを選び出した。
「…あんたってどうなってるの? アイス食べて平気なの? てか味わかるの?」
「元のます…、………、“父さん”が、ブランド会社を立ち上げる前は冷菓製造会社にいたって知ってる?」
「え。マジ?」
“父さん”―――外でアンドロイド関係の話をする時はそう呼ぶようにと事前に話しておいた「故マスター」の隠語だ―――が、あのいかにも偉そうな、あくせく働く下民のことなど知りもしないような態度の男が、冷菓製造会社にいたってか。私の驚きように苦く笑い、カイトは更に続ける。
「必死に隠していたみたいだけど。 僕にも“味”がわかるように、成分がことこまかくわかるように、…したのは、やっぱり元の仕事とか冷菓の事だとか、好きだったんじゃないかな」
「………」
カイトが目撃した殺害現場の映像を思い出し、何か重い物が胸に圧し掛かってきて黙り込む。 ボーカロイドは途中で歌を止められない。目の前でたった一人の主人が殺されても尚止められない歌声。けれどきっと、カイトはもどかしさに悲しい顔をしたのだろう、と思う。 ―――優しいから。だなんて、アンドロイド相手に思うことじゃないけれど。
気まずさを誤魔化すように、カイトは周囲をさっと見回し、そして魚屋の売り口上だとか熱気冷めやらぬ客の声に紛れてスーパー中のスピーカーから流れてくる音楽に耳を傾けた。 女の歌声。今最もよく聞く曲だ。 カイトはしばらくその歌声に聞き入り、「いい声ですね」と呟いた。
「…“Radueriel”」
「?」
「アーティスト名。ラドゥエリエル。 新進気鋭の若き作曲家、大江 修のボーカロイド。彼がガンで亡くなった後、彼と一緒にラドゥエリエルも焼かれた」
今流れている歌は大江 修の最期の曲にしてラドゥエリエルの最後の歌声だ。 タイトルは「Paean」。 ラドゥエリエルの名に相応しく、最期にはおあつらえの曲だ。 ―――だが。
「…私、ラドゥエリエル、嫌いなんだよね」
「…え、」
「いや、ボーカロイド全部か嫌いってわけじゃないからンな顔しないでくれる? こっちが切なくなるわ。 …私は、ラドゥエリエルも嫌いだけどそれよりもっと大江 修が嫌い。…仕事上何度か付き合いもあってね、すっごい傲慢で嫌なヤツなの。そんな人が天使の名前のボーカロイド持ち出したって、何が?って感じなのよね」
砂糖と卵と肉とアイス。変わった組み合わせのカゴをがたがた言わせながらカートを押す。その間にも店中に響くラドゥエリエルの歌声に眉根を寄せる。 例えどれだけ「まさに天使の歌声」だとか言われていても、歌わせている主人が天使よりも悪魔の似合う男ならば魅力もへったくれもありはしない。
「仕事…って」
「言ってなかったっけ。私、作詞家。 ははははは、日がな一日スーパーの特売日に目を光らせる暇人だとでも思ってた?」
「はい、…って、あ、」
「カイト。アイス戻すぞ」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
今にも土下座しそうなカイトの半泣き声にけらけら笑って、蘇った腹の奥の煮えくりかえる思いを再び奥へ奥へ押し戻す。 大江 修は死んだ。哀れ、若き才能は短き命の中で華やかに咲き美しく散った。 高飛車な性格も美しい名曲によっていつかは美化された御伽噺になるだろう。 死人に腹をたてたところで行き場などどこにもないのだから、とっとと忘れて美味しい料理でも食べて気晴らしするに限る。 すっかり皺の寄ってしまった眉間を揉み解しながら、黒く燃える思考を白に塗りつぶす作業に集中した。
To Be Next .
天使は歌わない 07
こんにちは、雨鳴です。
これにてカイト編ひと段落。お次はめーちゃん編です。
再びミステリ要素が登場なので気合いれてゆきます。
伏線もすでに結構出してるので、ラストに向けてきちんと回収出来るよう
記憶しとかなきゃァならんですね。忘れそうなのでメモしよう。
今まで投稿した話をまとめた倉庫です。
内容はピアプロさんにアップしたものとほとんど同じです。
随時更新しますので、どうぞご利用ください。
http://www.geocities.jp/yoruko930/angel/index.html
読んでいただいてありがとうございました!
コメント2
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天使は歌わない 05
雨鳴
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ご意見・ご感想
雨鳴
その他
こんにちは、雨鳴です。
今回も読んでいただいて感謝です!
職業については五話の「紙が散乱してる」と表現したあたりで
設定説明しようと思っていたのに、長さがアレなためうっかりカットしてしまいました…(苦笑)
どうもカイトを書こう書こうと思うとこうなってしまうのは何故でしょう…
まだまだ伏線が続く話ですが、よろしくお願いします。
2009/07/30 08:41:37
ヘルケロ
ご意見・ご感想
ヘルフィヨトルです。
早速読ませていただきました。
作詞家だったんですね!
驚きました。
何か機械関係のかと…………。
ラドゥエリエルが切なく感じてくる私。
それにしてもカイトのアイス愛が伝わってきますwww
続き、楽しみにしています^^
2009/07/29 10:53:36