10月28日、トランプ前大統領がニューヨークで開いた集会。
REUTERS/Andrew Kelly
11月5日の米国大統領選までわずかとなった。
アメリカでは大きなニュースになっていても、日本では一部のメディアでごく軽くしか扱っていないことも多い。この記事では2回に分けて、日本メディアではあまり報道されていないと感じる、いくつかの出来事とその意味について、解説を試みたい。
先日の記事前編では、米有力紙の報道や、副大統領候補の発言、「トランプ氏はファシスト」という発言について解説したが、今回の後編では、ニューヨークでのトランプ集会の熱狂や、10月26日に開かれたカラマ・ハリスの集会に出席したミシェル・オバマのスピーチなどを取り上げる。
前編:米メディアが糾弾した「トランプの本質」。日本で報じられない大統領選【直前解説】
「ヘイト」で結束するニューヨーク集会
10月27日、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデン(MSG)で行われたトランプ集会には全米から約2万人のトランプ支持者たちが集まった。
ニューヨークは常にリベラルが勝つ州なので、トランプが集会をやったところで選挙で勝てる見込みはない。
最後の追い込み時期の今、本来ならば激戦州に張り付いてキャンペーンに力を入れた方がいいのではと思うところだが(実際、ハリスは激戦州ペンシルバニアで一日を過ごした)、トランプにとってMSGで集会を開くことは夢だったらしい。
この集会の開催が発表されるや、アメリカでは、「1939年に同じ場所で行われたナチス支持者たちの集会の再来になる」と言われていた。
が、事態はさらに悪かった。いざ始まってみると、SNS上では「このトランプ集会に比べたら、1939年のナチス支持の集会がかわいく見える」というコメントが飛び交うほど、最初から最後まで、一切躊躇のない人種差別、排他主義全開、ヘイト丸出しの、怒りのエネルギーに満ちたイベントであった。どうひいき目に見ても、普通の選挙集会ではなかった。
ちなみにトランプは、この集会について後日あちこちで「あれほど愛にあふれた集まりは見たことがない。歴史に例のない素晴らしい政治集会だった」と言っている(彼は最近、1月6日の議事堂襲撃の日のことも「Day of Love」と言っているので、そこは一貫している)。
「海に浮かぶゴミの島」発言
トランプのスピーチは、いつものことではあるが、嘘と誇張、扇動的な言語に満ちていた。
たとえば、最近ノースカロライナを襲ったハリケーンについて、「バイデン政権は、不法移民を連れてくるのにお金を使いすぎて、災害対応の資金がなく、ノースカロライナの人々は援助を受けられずにいる」というものや、「(バイデン政権の政策のせいで)ニューヨークの犯罪は激増している」などだが、いずれも事実誤認だ。また自分が大統領になれば、インフレはなくなり、ガソリン価格は今の半分になるとも言った。
登壇者の一人、トランプの弁護士で元ニューヨーク市長のルディ・ジュリアーニは、ガザにおける紛争でハリス氏が「テロリストの側」にあり、パレスチナ人を米国に呼び寄せることを望んでいると述べていたが、これももちろん正しくない。
なおジュリアーニは、2020年大統領選でトランプ氏の票が盗まれたという虚偽の主張を行ったことで、ニューヨーク州の弁護士資格を剥奪された。また同選挙に絡む名誉棄損の訴訟に敗訴し、1億4800万ドルの支払いを命じられ破産申請をしている。
しかし何よりこの集会に爆発的なエネルギーを与えていたのは、移民に対する憎悪と侮蔑だ。
トランプは、選挙で勝利した暁には、「移民の侵略」を止めるべく、「米国史上最大の強制的移民送還プログラムをただちに開始する」と主張。
さらに、前科のある移民を強制送還するため 「敵性外国人法」(1798年制定)を発動するとも述べた。これらトランプの排他的な発言のたびに、聴衆は歓声と拍手で盛り上がった。
トランプ以外の登壇者も負けずにひどかった。
コメディアンのトニー・ヒンチクリフは、プエルトリコを「海に浮かぶゴミの島」と言い、 ヒスパニックおよび黒人についての人種差別的なジョークで笑いをとった。元Fox News看板キャスターのタッカー・カールソンはカマラ・ハリスを「サモアとマレーシアのハーフで、IQの低い元カリフォルニア検事総長」と呼んだ(トランプも、ことあるごとにハリスを「頭が悪い」と言っている)。
それ以外にも黒人に対する侮蔑、「カマラ・ハリスはキリストの敵」「彼女は悪魔」「クソな不法移民たち( fucking illegals)は、やりたい放題だ」 「トランプを支持しない奴らはぶっ殺さないといかん」といった過激かつ下品な言葉が飛び交った。
トランプは、自分を批判するメディアは「内なる敵」「人民の敵」であると繰り返し語り、そのたび会場が熱狂的に盛り上がるという、異様な光景だった。
WHAS11
なお、ヒンチクリフの「プエルトリコはゴミの島」発言は、即座に大炎上し、大批判を浴びた。しかし、トランプによれば「自分はあのコメディアンの男のことは知らない。会ったこともない。誰かが登壇させただけ。なぜあそこに彼がいたのかもわからない」ということだ(10月29日付Fox News)。
これは、1月6日の議事堂襲撃について「自分は議事堂襲撃とは何の関係もない。扇動などしていない」というトランプの主張と重なる。
トランプは Fox News のインタビューで「自分ほどプエルトリコのために多くを成し遂げた大統領はいない。プエルトリコ人たちにはいつもすごく感謝される」とも述べているが、2017年にプエルトリコがハリケーンに直撃された際にトランプ政権の対応が遅かったことや、彼が住民にペーパータオルを投げつけた映像は、多くの人の記憶に残っている。今回の「プエルトリコはゴミの島」発言は、その記憶を蘇らせることになった。
「アメリカにはたくさん悪い遺伝子が持ち込まれている」
11月2日、バージニア州での共和党の集会に集まったトランプ支持者たち。
REUTERS/Hannah McKay
ニューヨークでの集会の2週間ほど前、トランプのこんな発言が炎上したことがある。
「バイデンやハリスが入国させている移民の多くは凶悪な殺人犯であり、その多くが、複数の人間を殺している。そいつらは、アメリカに来て幸せに暮らしている。殺人犯というのは、遺伝子で決まる。私はそう信じている。今アメリカにはたくさんの悪い遺伝子が持ち込まれているのだ」(10月8日付ロイター報道)
トランプは前から、特定の人間が優れた遺伝子を持っているという考えにこだわっている。
以前にも、白人ばかりの聴衆にむかって「君たちは良い遺伝子をもっている」と言ったり、自分自身が優れたドイツの遺伝子をもっていると語ったりしたことがあった。このようなトランプの発言について、「優性学に基づいたナチスの人種差別主義と同じではないか」と指摘する声が少なからずある。
トランプがこれまでに侮蔑してきたマイノリティにはキリがないので、もはや思い出せない。ただ一つ言えるのは、トランプにとっては、ヨーロッパ系白人移民以外はどのマイノリティも似たようなものであり、ランクの低い人種だということだ。それなのに理解に苦しむのが、移民や有色人種の中にもトランプを支持し続ける人がいるということだ。
「トランプはあなたの人種(たとえばヒスパニック系)に対してひどいことを言っているのに、なぜ彼を支持しつづけるのですか?」とたずねると、そういう人たちは、自分は「バカにされる側」には入っていないと感じているようなのだ。
しかし、今回の集会でプエルトリコをバカにしたのは、戦略的に考えた上でのことだったのだろうか?(知らない人が多いかもしれないが、そもそもプエルトリコはアメリカ領だ)
全米に500万人以上いると言われるプエルトリコ系は、アメリカに住むヒスパニックの中でも2番目に数が多い。住民数では、ニューヨークが最も多いが、いくつかの重要な州(フロリダ、ジョージア、ノースカロライナ)、それに今回の選挙の雌雄を決する激戦州とみなされるペンシルバニア州にも多く、フィラデルフィアだけで約27万人が住んでいるという。
また、プエルトリコ系の人気芸能人であるジェニファー・ロペス、Bad Bunnyなどは、27日以来、自らのSNSを使って「ハリスに投票しよう」と強く訴えかけている。ロペスは、10月31日、激戦州ネバダ州でのハリスの集会で、涙を流さんばかりに熱のこもった応援演説もした。
また、このイベントにおけるトランプの一連の発言の中で、特にメディアの懸念の的になっているものがある。
彼はいかにも秘密をバラしたくて仕方ないといった様子で、こう言ったのだ。
「ジョンソン下院議長と私にはちょっとした秘密があるんだ。この小さな秘密のインパクトは大きい。我々は下院選挙で非常にうまくやれるはずだと思う。今はその秘密について話せないが、選挙が終わったら話す」
この発言は、トランプが選挙で負けた場合に結果を覆すべく、下院議長も巻き込んで既に準備を整えているという仄(ほの)めかしなのでは?と懸念をもって受け止められている(10月28日付MSNBC)。
ミシェル・オバマ、男性有権者に語る
PBS NewsHour
最後に、10月26日、激戦州のひとつであるミシガン州で行われたカマラ・ハリスの集会についても簡単に述べておきたい。
ミシェル・オバマの登壇は、8月の民主党大会以来で、ハリスのために30分以上にわたって熱弁をふるった。
オバマ大統領は、歴代大統領の中でも特にスピーチがうまい大統領と言われるが、ミシェルは夫よりもさらに上だと言われるほど、聴衆を熱狂させやる気にさせるスピーカーだ。
民主党大会での演説も感動的でインスパイアされるものだったが、今回もまたメッセージ性の強いスピーチだった。相手のハートに直球で訴え、揺さぶるのが彼女のスタイルだ。ごく平易な言葉だけを使い、人間味とユーモアがある。小学生から大人まで、誰にでも伝わる語り方のお手本だ。英語表現の勉強にもなるので、是非ビデオを見てみて欲しい。
今回のミシェルのスピーチは特に、今まだどちらに投票するかを決めかねている人たち、ハリスを支持するに至っていない男性有権者たちに向けられていた。
彼女は、現政権に対する抗議(例:イスラエルを支持するバイデン政権の姿勢)や怒りの表明として、棄権しようとしている人たちは、投票しないことによって、トランプを応援することになってしまうと訴えた。
またトランプに投票するということは、女性の健康や価値観に反対票を投じることなのだということを、厳しく語った。
トランプが勝てば、全米での人工妊娠中絶の事実上禁止もありえること、適切な医師の処置が受けられず生命の危険にさらされる女性が増えることを強調し、「トランプを支持するということは、女性たちへの反対票を投じるということ」「あなたの怒りの巻き添えになるのは、あなたの妻、娘、母親、そして私たち女性なのです」「私たち女性の運命をトランプのような人に委ねないで」と語った。
さらに、女性たちに対しては、こうも言った。
「あなたが誰に投票するかは、あなたが決めることです。誰にも言わなくていいのです」
つまり、夫がトランプ支持者だとしても、あなたまでトランプを支持しなくていいのだと。
最近、ハリス・キャンペーンはそこにフォーカスした、保守州の女性をターゲットにしたCMをスタートしている。
選挙のカギは「先進的な男性」
ハリス出馬決定後に書いた記事「カマラ・ハリス勝利に必要な6つの条件【大統領選をポイント解説】」で、今回の選挙戦では「先進的な女」と「変化を拒む男」という対立軸があると思う、と書いた。
この週末、ミシェル・オバマとカマラ・ハリスに熱狂するスタジアムと、トランプ信奉者で埋まったもうひとつのスタジアムの様子を続けて見ながら、つくづくその二つの世界の間にある距離の大きさを思った。
何ら共通点を持たないように見えるこれら二つの世界の断絶を乗り越えて、前に進むことは可能なのだろうか?
そこで重要になってくるのは、女性を応援してくれ、他の男性たちを巻き込んでくれる先進的な男性がどのくらいいるか、ということにかかっている気がする。
2020年にバイデンに票を投じた男性たちの中には、女性(しかも有色人種の女性)を大統領に選ぶことへの躊躇ゆえにハリスを支持しない人たちが一定数おり、その分、彼女の勝率が下がっているという説がある。欧州ではとっくに女性の大統領や首相が誕生しているというのに、2024年のアメリカではまだそんな状態なのか……と思うが、現実はそうなのだ。
いくら女性が頑張っても、女性たちだけでは世界は変えられない。両性の平等を信じ、女性の権利を大切に思い、一緒に戦ってくれる男性たち、女性の進出を脅威に感じるのではなく、祝福し協力してくれる男性たちの力が必要だ。
今回、アメリカが史上初の女性大統領を産めるかどうかは、結局のところ、そのような先進的な男性が十分にいるか・いないかにかかっているのかもしれないと思う。