さて、今年の一番山笠は「千代流」(ちよながれ)だった。チューリップが歌った名曲「博多っ子純情」の歌詞には、「山笠は千代町流れ 悲しみも押し流す」というくだりがある。なぜあえて「町」と付けたのか、チューリップのメンバーの一人で作曲者の姫野達也さんが西日本新聞(2018年12月12日付)で明らかにしている。それによると、「千代」という言葉そのものに美しさがあり、本当の「流」を歌詞に書くのは「具体的すぎる」と思ったそうである。ちなみに作詞者はチューリップのギタリスト安部俊幸さん(故人)である。
その一番山笠、千代流の櫛田入りを動画に収めたので、まずは動画でご覧いただきたい。神社ではスタート30分前からアナウンスが始まり、「10分前」「5分前」…と続く。動画は5秒前から入っている。
天候は曇り。辺りはまだ真っ暗だが、境内の中は照明で明るく、フラッシュは要らない。山の舁き手の緊張はさぞ高まっているに違いない。がやがやしていた観客席もやがて静寂に包まれた。「10秒前」「5秒前」…。
遠くから「3、2、1」という掛け声がかすかに聞こえ、大太鼓の合図と同時に「やああ」という雄たけびが発せられた。大太鼓がドン、ドン…と打ち鳴らされる。櫛田神社の「清道」(境内)を回る櫛田入り。境内に勢いよくなだれ込んで来る山笠と男たち。手振れしないようにスマホをしっかり構え、山の動きに合わせる。山はいったん止まり、舁き手たちは全員ねじり鉢巻きを外す。「台上がり」の真ん中の男が一人、「祝いめでた」を朗々と歌い始める。
「祝い~めでた~の~ 若松~さま~よ」
これに応じ、全員が「若松~さま~よ」と一緒に歌い始め、手拍子を打つ。観客も含めた大合唱になった。
枝も栄ゆりゃ 葉もしゅげる(茂る)
エイショーエ、エイショーエ、ショーエ、ショーエ
(ア、 ションガネ)
アレワイサソ エサソエー ションガネー
櫛田神社で歌うのは一番山笠にだけ許される。スマホで動画撮影中に一緒に歌うことはできない。当たり前だが、余計な声を入れるわけにはいかない。報道に携わる者は、「当事者」にはなれない。葬儀や追悼式の取材で、黙とうの際、目をつぶるような記者やカメラマンはプロとは言えない。
動画撮影のスマホを通してとはいえ、櫛田神社の境内でこのシーンを初めてライブで見た。月並みな言葉しか出てこないが、興奮と感動の極致であった。こんなにも大勢の人が一緒になって手を打ち、「祝いめでた」を歌っている。この空間の一体感は何だ。声に出さずとも、心の中で歌っていた。この歌は結婚式で、大先輩のベテラン記者(故人)が声高らかに歌ってくれた思い出がある。また、かつて福岡市政記者クラブに所属していた頃、宴会の最後は決まって重鎮記者3人により3番まで順番に唱和していた。そして「博多手一本」で宴会はお開きだ。
カメラマン席には、山笠を初めて見る他社の若い記者もいた。「どうだ!見たか」.とまでは言わないが、そう自慢したい気持ちになっていた。
歌が終わると、舁き手たちは再びねじり鉢巻きをして山を担ぎ、「オイサ、オイサ」の掛け声とともに境内から博多の街へ飛び出していった。ゴールまで5キロの長い道のりだ。
舁き山笠七流(ながれ)と飾り山笠が櫛田神社の境内を回り、街を駆け抜けた。動画や写真の撮影を続けたが、撮影中は膝立ちの姿勢を続けざるを得ず、膝が痛くなった。小さな脚立または折り畳み椅子を用意すべきだったと反省した。
一方、今回は福岡支社に配属されたばかりの新人・山田亮太朗記者に沿道の取材・写真撮影を任せた。横浜出身の記者に初めての山笠取材を経験させた上で、原稿を書かせることにしたのだ。15日未明、博多の街に繰り出す「追い山」を見て、新人記者は何を感じたか。以下はそのリポートである。
特集・新着
旬のトピックス