地獄の英雄

劇場公開日:1952年9月16日

解説・あらすじ

 ビリー・ワイルダーが長年の脚本パートナーであったチャールズ・ブラケットと離れ、新たな脚本家を迎えた作品。ニューヨークの新聞社から閉め出されたジャックは、洞窟内で生き埋めになっている男を目撃する。是が非でも一流紙に戻りたい彼は、スクープを利用し情報操作に手を染める。おのれの野心のためなら手段を選ばない新聞記者が、世論に裁かれる姿は見応え十分。世間の評価が芳しくなかったため、スタジオ側が「Ace in the Hall」から「The Big Carnival」にタイトルを変更したという逸話も。

1951年製作/111分/アメリカ
原題または英題:The Big Carnival(Ace in the Hall)
劇場公開日:1952年9月16日

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映画レビュー

4.0 歴史的事件から創作されたメディアサーカスの再現度高い社会派ドラマの普遍性

2026年6月6日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD

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偶然VODで見つけて、これまで全くノーマークだったカーク・ダグラス(1916~2020)主演、ビリー・ワイルダー(1906~2002)監督が組んだ今作を鑑賞しました。「スパルタカス」(1960)などでアクション映画の硬派男優のイメージが強いダグラスは、1946年に映画デビューし、1949年の「チャンピオン」でアカデミー主演男優賞にノミネートされ注目されていた時期に当たります。でも経歴からブロードウェイの舞台に立ち、ラジオドラマで地味に活躍していたことを知ると、演技の基本をマスターした演劇人だったことを改めて認識します。英語を話せないのに、アメリカ男優の台詞語りでもっとも魅力的なのはハンフリー・ボガートで、ダグラスの明晰な台詞の力強さもいい。(この声質も、えくぼが特徴の顎がしっかりしているからかも知れません)中学高校時代は、「ユリシーズ」(1954)「ヴァイキング」(1957)のダグラスの演技が好きでした。今作の強欲で独善的な新聞記者の演技は、同じ年のウィリアム・ワイラー監督の「探偵物語」での非情な刑事役を彷彿とさせるものでした。願望の強さに理性を失い、最後は失敗し自滅する男の狂気を熱く演じていて凄みがあります。ワイルダー監督は、1940年代に「熱砂の秘密」(1943)「深夜の告白」(1944)「失われた週末」(1945)のシリアスとサスペンスの傑作を発表して、前年にはアメリカ映画を代表する「サンセット大通り」(1950)を監督した最初の絶頂期にあたります。ただこの頃、脚本家チャールズ・ブラケットの盟友と喧嘩別れをしてしまいコンビを解消し、今作では脚本と演出に加えて、初めて製作にも手を広げたことが大きな変化でした。それゆえ、この作品に賭けるワイルダー監督の意気込みを感じることになりました。

主人公は、強引な性格で自己中心的な取材と立ち振る舞いで大手の新聞社を首になったチャック・テイタム。舞台はニューメキシコの小さな新聞社から始まり、取材途中に寄ったネイティブアメリカンの居住地の洞窟で起こった落盤事故のスクープ記事を独占しようとするお話。もう一度高収入の新聞記者へ再起を図る男の、その貪欲さ故に結局は破滅するという異常心理を扱った深刻なドラマです。と同時にワイルダー監督が描きたかったテーマは、落盤事故で生き埋めになった人命救助に殺到する、野次馬から物売りの民衆のお祭り騒ぎ。被害者の実家が経営するドライブインが一気に混雑し大繁盛となり、現場の居住地では入場料を徴収し、広場には移動遊園地が設置される。そして、この騒動を更に増長させる新聞、ラジオ、テレビの報道によって、事故の悲劇が見世物となってしまう怖さでした。アカデミー賞にノミネートされた脚本は、ワイルダー監督と「銀の盃」(1954)のレッサー・サミュエルズ(1894~1980)と「キャット・バルー」(1965)などのウォルター・ニューマン(1916~1993)です。この一大イベントのような民衆の狂乱を、あくまで異常心理による人間の行動として映画的スペクタクルの映像化をしたのであろうと予想しました。しかし、創作は主人公の新聞記者テイタムの人格と主要登場人物の設定だけで、それ以外は史実に合わせた社会派映画だったのです。

原作はなく、1925年にあった実際の『コリンズの洞窟救出事件』から発想された脚本に、テレビ報道の生中継が画期的な出来事だった1949年の『キャシー・フィスカス事件』を反映させたものでした。ケンタッキー州の洞窟を所有していた探検家ウィリアム・フロイド・コリンズ(1887~1925)は、洞窟観光事業の一環として独りで調査して落盤に遭い、地下17メートルで身動きが取れなくなります。この生き埋めを知ったケンタッキー州ルイビルの新聞『フーリエ・ジャーナル』の若手記者ウィリアム・バーク・ミラー(1904~1983)が、洞窟の狭い隙間を這って進入し、コリンズと接触してインタビューを行ったと言います。水や食料を届け、計7回の勇気ある救援行動でした。彼の記事が報道されると瞬く間に拡散され、現地に数万人の民衆が殺到して、ラジオメディアも参入し全米に配信されたと言います。ミラーは身長165センチの体重53キロの小柄な体形で、蚊のような姿からスキーツ(Skeets)の愛称で呼ばれていました。惜しくもコリンズは救援活動の甲斐なく事故から18日後死亡が確認され、移動まで2ヵ月の月日を要したそうです。ミラーの反響は大きく、翌1926年に22歳でピューリッツァー賞を受賞しました。1972年から使われ始めたメディアサーカス(media circus)の言葉は、マスメディアが特定の事件事故やスキャンダルをサーカスの見世物のように扱い大騒ぎする報道を批判的に表現した慣用句としてあるようですが、このコリンズ事件が近代メディアサーカスの歴史的元祖のひとつとされているようです。監督のワイルダーは、この時まだ19歳で映画界に関わっておらず、ウィーンにいて新聞記者をしていました。全米を揺るがした事件は、遥かヨーロッパでも話題になっていたのではないかと想像します。この時の記憶があって、1949年のカリフォルニア州で3歳のキャシー嬢が古井戸に転落する事故が起こりました。テレビ放送初期に重なり、何時間も生中継されて全米に放送されたそうです。どちらも悲劇に終わった歴史的事件から、新聞記者経験者であるワイルダー監督の制作意欲の源泉が刺激されたと推察できます。

音楽は「我等の生涯の最良の年」(1946)や「めぐり逢い」(1957)などのヒューゴ・フリードホーファー(1901~1981)で、撮影がワイルダーやジョン・スタージェスの映画、フォードの「長い灰色の線」(1955)などのチャールズ・ラング(1902~1998)です。この映画最大の見所が、ニューメキシコ州の砂漠地帯にロケーションした落盤事故の現地シーンのスケール感です。大きな岩山の上から掘削する大規模な機械の本格的な再現度の高さ、広大な場所に駐車されるキャンピングカーやバス始め数多くの自家用車の映像、遊園地の観覧車に興じる民衆のカットから岩山をみせるカメラワーク、圧巻はその頂上から見下ろすと特別列車の蒸気機関車が駅のない現場に到着し、乗客が早足で向かう洞窟の岩山のロングショット。生き埋めになったレオの父親が掘削の技術者に飲み物を配っていて、只じっとその様子を視ています。このショットにワイルダー監督の思いが込められていました。

キャスティングでは、己の利益のためには手段を選ばないテイタムを強固に演じるカーク・ダグラスの演技が光ります。冒頭にあるシーンで、報道カメラマンのハービーに運転させて助手席でふんぞり返って寝そべるダグラスの顔が、一寸ロバート・デ・ニーロに似ていました。生き埋めになったレオ・ミノザの安否を案じるはずの妻ロレーヌは、すでに夫への愛は冷めて複雑な心理状態にいて、演じるジャン・スターリング(1921~2004)の物憂げな表情が印象的でした。他の作品を知らず、フィルム・ノワールの作品に多く出ているというのが納得です。キャラクターとしては、演じる甲斐がある役柄でした。その妻の本音の気持ちを知らないレオを演じるのは、イタリアのシチリア出身の元ボクサーという経歴のリチャード・ベネディクト(1920~1984)。殆ど演技力を求められない役柄ですが、経歴にその後『スパイ大作戦』や『チャーリーズ・エンジェル』のドラマ演出家とあってビックリです。サン新聞社の社長で編集長のジェイコブ・ブーツのポーター・ホール(1888~1953)は、「三十四丁目の奇蹟」(1948)で精神科医師役を好演した個性派俳優。この配役とハービーを演じたボブ・アーサー(1925~2008)の個性が弱いと見ましたが、結果的にはダグラスの勇猛果敢な人物像を際立たせる結果になりました。レオの父を演じたジョン・バークス(1895~1951)が目立たなくても印象に残ります。若くしてブロードウェイで活躍、1930年代に映画界に進出し、バイプレイヤーとしてキャリアを続けていましたが、この映画公開前に亡くなり、遺作となりました。

全体として演技と演出と撮影は素晴しく、物語の結末に若干の強引さがあります。脚本にチャールズ・ブラケットが加わっていたならと、個人的には思いました。しかし製作の背景を調べると、これは現代社会にも通じる人間のエゴイズムと、マスメディアの過熱報道が生み出す民衆の愚かさの普遍的な問題の提起になっているのではないか、深く考え込まされるものを持っています。コメディの巨匠ビリー・ワイルダー監督の貴重なシリアスドラマの、異色傑作でした。
最後に日本語タイトルの(地獄の英雄)についてですが、原題の『Ace in the Hole/切り札 奥の手』より映画の内容に合っていません。この時代の日本の配給会社は、地獄という言葉を結構採用していますが安直でした。アメリカでは、『the BIg Carnival』も併用したとあり、これも珍しい。配給のパラマウント映画がワイルダー監督が考えたポーカー用語が分かり難いからと変えたようです。今回の鑑賞したバージョンは、元々のワイルダー監督が付けた原題でした。

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Gustav

3.5 82点

2025年12月2日
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ま

5.0 映画終活シリーズ

2024年10月27日
iPhoneアプリから投稿
鑑賞方法:VOD

1952年度作品
50年代前半、ワイルダーあぶら乗り切ってるな
「サンセット大通り」「地獄の英雄」…
最高の監督で最高の脚本家やで

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あきちゃん

3.5 これはかなり 心に残る作品だ

2024年7月17日
PCから投稿
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KIDOLOHKEN

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