跡継さんから投稿頂いた「修道女たちと淫らな日々を過ごした街に再び」。
20年ぶりにやってきた懐かしい街。
この街にある大学に進学して、大学時代は大学のある郊外に住んでたけど、次男坊の俺はこの街にある会社に就職して、通勤するのに近い街中に移り住んだ。
移り住んだアパートは古かったが、作りはしっかりしていて、住み心地は良かった。
アパートの隣が修道院で、道を挟んだ向かい側にカトリック系の短大があった。
暫く住んでて気が付いたのは、6戸あるアパートの部屋は、俺以外は全員女性で、修道女と短大の先生だった。
俺は、宗教に関わるのは面倒なので、挨拶だけして不愛想にしていた。
ある土曜の夕方、買い物から帰ると、修道着の女性が隣の部屋に入っていった。
何かを取りに戻ったようで、すぐに出て行く気配がしたが、初めてお隣さんの修道着姿を見たが、おばさんだったけど、何とも言えない美しさだった。
大学時代の彼女は卒業で地元に帰ってしまい、禁欲状態の俺は、お隣のおばさんに恋をしてしまった。
挨拶だけだったのに、一言二言会話するようになり、夏の頃には、薄着のおばさんにドキッとして、見透かされたように、
「お茶でもいかが?」
と誘われて、乗ってしまった。
紅茶をゴチになりながら、美しい美貌につい、
「お奇麗ですね。」
と言うと、
「まあ、私、もう53歳よ。あなたのお母さまより年上だと思うわよ。」
と言われて驚いた。
正直、40歳くらいだと思ってたから、その美魔女ぶりに衝撃を受けた。
「修道女って、色々訳アリだから…」
と俯く憂い顔にドキッとした。
彼女は裕美さんといって、DV元夫から逃げて、修道女になったそうだ。
「修道女であっても女、男性の肌が恋しくなることもあるのよ…」
見つめられて、つい、抱きしめたら自然とキス、舌が絡まれば股間が疼き、勃起を撫でられジ エンド。
清楚美人の顔とは反対に、とてもエロい身体をしていて、プックリしたエロい乳首と大きなお尻がとても印象的だった。
特に、お尻から腰にかけての肉付きの良さは、五十路ならではの色気を感じさせた。
大人っぽくて、落ち着いていて、清楚な奥様の雰囲気の美熟女だけど、その身体の奥底には、熟れて満たされない性欲の欲望を秘めている裕美の裸は、経産婦と分かる下腹部が出産歴を物語っていた。
天使のような笑顔と、相応しくない妖艶さで誘惑、大股を開き、暫く使われてなかったドドメ色の女陰を開き、
「舐めてぇ~」
とクンニをおねだりされた。
女子大生の女陰と違うグロい女陰は淫猥で、顔を押し付けてクンニすると、大声で喘ぎ痙攣イキしてしまった。
「ああ~~若いっていいわぁ~」
とクンニでヒクヒクと痙攣イキしちゃう有美に勃起が止まらなかった。
そしてセックスへ突入。
裕美の方から騎乗位で男根を挿し込んだ。
蕩けるほどの熟女の女穴、あっという間にぐちょぐちょになった。
「イ、イキそうです。」
「出して。そのまま中に出して。終わってるから大丈夫よ…」
生まれて初めての中出しの快感に、すっかり虜になった。
裕美との関係は、アパートの女たちの知るところとなり、修道女でありながらけしからんとなるかと思いきや、他の部屋に住む修道女や短大の先生を日替わりで抱くことになった。
あのアパートに住む修道女や短大の先生は、みんな訳アリで、四十路五十路で独り者だった。
まだ生理がある四十路熟女には外出し、閉経した五十路熟女は中出し、毎晩部屋を変えて5人の熟女を日替わりで抱いた。
短大の先生は知的な美人の四十路熟女で、普段はスーツ姿で颯爽としてるが、研究に明け暮れた人生で未婚で四十路を迎え、大学院時代の恋人依頼、久しぶりの男根に飢えた性欲を爆発させていた。
修道女という貞潔な身分を捨てて男根に、失せ微鳴く姿は、禁忌のシスターでそそりまくった。
修道女も女、男根で女穴を穿られればメスの本能が淫らに開花する。
毎晩、違う抱き心地の熟女を渡り歩く日々が続いた。
熟れた女体の味わいは、大学時代の女子大生の彼女では味わえない、噛めば噛むほど味が深まるするめのような女体だった。
そしてそれは、四十路より五十路の方が顕著で、年を重ねた女体の方が味わい深いことを知った。
そんな生活が4年目を迎えた頃、故郷から、家業を継いだ兄の訃報が届いた。
急遽帰郷すると、29歳の若さで亡くなった兄の亡骸の隣に、昨年結婚したばかりの義姉が泣き崩れていた。
俺は、兄の代わりに家業を継ぐことになったのだが、問題は義姉、お腹に兄の子を宿していることが発覚した。
親族が集まった告別式の中、俺と義姉が再婚して、家業を継げという話が持ち上がった。
義姉は26歳で俺と同い年、東京の女子大を出た才媛で、優木まおみ似の可愛い系美人だった。
俺は、当時の仕事をすぐに辞めるという無責任なことはできなかったし、一時戻って、上司と相談した。
そして、その年度いっぱいで退社することになり、四十九日で帰った時にそれを伝えた。
26歳の俺は、大学進学以来8年住んだその街を去った。
もちろん、最後の夜は親愛なる裕美さんと過ごした。
当時56歳の由美さんの女穴に最後の精液を注ぎ、翌朝、修道女たちに見送られ、古いアパートを出た。
「いろいろとお世話になりました。皆さんお元気で。さよなら。」
「あんた、不幸なことがあったけど、頑張んなさいよ。元気でね。さよなら。」
熟女たちはみんな、潤んだ目をしていたし、俺も、ウルッとしていた。
帰りの車の中、あのままの生活がずっと続くとは思えなかったから、いい潮時だったと思うようにした。
帰郷し、兄の一周忌を終えた翌日、義姉と再婚した。
再婚した義姉は臨月を迎えようという状態、式を挙げることはなかったし、新婚初夜、結ばれることもなかった。
でも、俺の股間に手をやり、手コキで抜いてくれた。
「夫の性欲処理は、妻の務めだし、今日からこの精液は私だけのものだから…」
優木まおみ似の可愛らしい顔で微笑んだ。
元義姉の嫁は、同い年だが同じ学校で一緒だったわけではなく、その生い立ちは知らなかったが、育ちは良く、淑やかだった。
床での所作も上品で、同い年でありながら、まるで熟女のような振る舞いだった。
兄の娘を出産して以降、暫くして初めて夫婦の営みを持ったが、あのアパーとの熟女の女陰ばかりを相手にしてたせいか、嫁の女陰は極めて純情な佇まいに見えた。
兄が愛した女陰を舐めて、生の男根を沈めれば、心地よいヌメリの中、ざらつく味わいの入れ心地を楽しんだ。
兄の子が2歳になった時、第二子の子作りのために、連日嫁に中出しをした。
そして、30歳の時に息子が生まれた。
今年、再婚して20年を迎えた。
兄の娘は成人し、下の息子は高校3年生になっている。
元義姉の嫁は相変わらず可愛い美形で、46歳には見えない。
止むを得ず夫婦になった俺たちだったが、過ぎてみれば仲のいい夫婦で、20年間、一度もレスになったことがなく、今でも頻繁に夫婦の営みが続いてる。
大学のある街にいた頃、味わい深いと感じた熟女たちの年代になった嫁は、20年前よりずっと気持ちいいセックスができている。
熟れた女体は濃厚な味わいで、特に四十路になってからの嫁の性欲は強くなった。
先日、20年ぶりに大学のある街に仕事で行ってきた。
金曜だったこともあって、街中にホテルを取り、20年ぶりに街に出た。
そして翌日、修道院の裏のアパートを見に、近くのコンビニに車を停めて行ってみた。
懐かしい修道院、道を挟んでカトリック系の短大があり、そしてその裏には、4年間住んだアパートがあの頃のまま佇んでいた。
古いけど、しっかりとした造りで、レトロ感の中に風格さえ感じるそのアパートには、20年前に住人は一人も残っていなかった。
「裕美さん、76歳だもんなあ。ここにはいねえよな。元気でいるといいんだけどなあ。」
そう呟いて、アパートを後にした。
車を停めた手前、缶コーヒーでも買おうとコンビニに向かって歩こうとしたら、年老いたシスターが修道院に入るところだった。
一瞬目が合うと、シスターがこちらを見て、軽く会釈した。
裕美さんだった。
面影がありまくりで、美しく年を重ねていた。
シスターのうち、長い人たちは修道院で暮らしているのを知ってたから、由美さんはアパートを出てここで暮らしてるんだと理解した。
そして、おそらくあのアパートにいた修道女は、みんなこの修道院で切らしているんだろうなと思った。
俺も、軽く会釈して、コンビニに向かった。
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コメント一覧 (2件)
シスターとの禁忌な宴、いいですなあ…
スゲー話