その名は「テーブル掛け」!(その1)~金魚には深い深い意味がある◇玉川奈々福の「浪花節のススメ」(第10回)
2026年01月31日
落語、講談、浪曲。「日本の三大話芸」と言われている演芸の、それぞれで使われる道具を思い浮かべてみると…。
落語家さんは、扇子と手拭いをさまざまなものに見立てて使います。講談では、釈台と呼ばれる小さな机を張り扇でパン、パンと打って調子を取ります。
見た目が一番にぎやかなのが、浪曲。演台があり、その上には意匠がこらされた大きな布が掛かっています。裾が広がって富士山のような形になっている……美しいこの布の名称をご存知でしょうか。なんと、業界用語で「テーブル掛け」と申します……へ? 拍子抜けするようなこの名称。ということで今回は、テーブル掛けのお話!
入門時、いちばんの謎がコレでした
浪曲界に入ったばかりの頃。志してこの世界に入ったわけではなく、浪曲のことも全然わからないで入門してしまったので、最初の頃は、浪曲を聞いても、見ても、違和感満載でした。
なぜ舞台の途中で、湯呑の湯を飲むのだろう。三味線の人は、なぜあられもない声を出すんだろう。三味線を待っている間、浪曲師が虚空を見上げるあの間は、なに?
そして一番不思議だったのが、「テーブル掛け」。
やたら、派手。そして真ん中の演台だけではなく、隣に湯呑を置くだけの湯のみ台があって、それにも布が掛かっており、左右非対称になっている。さらに背後に、流派の紋を掲げた布が掛けてあり、大きな舞台だと、上手下手(かみて・しもて)に、演じるためには一切使わない、用途不明の台が置かれて、その上にも、布が掛けてある。
おおげさ。きれいだけど偉そう。なぜアシンメトリー……とか思いつつ眺めておりました。毎度たたむの、大変だし。
そんな違和感を覚えつつも、辞めることなくこの世界に居続けて、当初、三味線を弾く曲師として入門したものの、師匠の導きにより、入門してから6年目に、浪曲師として舞台に立つことになってしまいました。以来、うなるお仕事をいただくようになり、そちらがメインになり、そして2006年12月に芸名を美穂子から奈々福に改めて、浪曲師として名披露目(なびろめ)をする運びとなりました。落語で言えば、二つ目昇進、くらいの感じですが、浪曲界においては、「名披露目=浪曲師として一本立ちすること」になります。
このとき初めて、「自分のテーブル掛けを作る」という運びになりました。おおげさ。きれいだけど偉そう、と思ってたヤツを、自分のために……応援してくださる方々が、「お客さんから寄付を募って、奈々福のテーブル掛けを作ろう」と言ってくださったおかげです。
後援会というものも発足して、その事務局の方々が「テーブル掛け基金のご協力のお願い」というチラシを、公演のたびごとにお客様に配ってくださり、それによりなんと、思いもよらぬ金額をご寄付いただきました。
出目金やランチュウに重ねた思い
さて、作ると決まったものの、どういう絵柄にするか。
「金魚」にしよう、と思っていました。
金魚はもともと、フナの突然変異から起こり、観賞用に品種改良を加えられてきた魚です。その加工され具合。そして、縁日で売られている金魚の、命のはかなさ。……浪曲と一緒だな、という気がしていました。
浪曲のルーツは、中世このかたの仏教説話にあると思っていますが、いわゆる邦楽の歴史からははみ出ているもので、全国を旅する聖(ひじり)や山伏、僧侶くずれや神官くずれの人たちの説法がだんだん芸能化して大道芸となり、さらにさまざまな芸能を取り込んで生成してきたものです。
道行く人の足を止めるために声を張り、アクロバティックに節を使いつつ物語り、投げ銭を頂けるように、大衆に受けるように、「品種改良」を重ね重ねて来ているような芸です。
伝統芸能的継承性を問われたら、決して胸張って答えられる類の芸ではない。その人為的加工具合が、なんとなく、出目金やランチュウなどの観賞魚と重なり。そして、私たちが賭けているものが、「声」という、その場限りで消えてしまうものであることが、縁日の金魚たちのはかなさと重なり……そんなんで、金魚にしたいと思ったのです。
どんな金魚にしよう。
浮世絵や古今東西の絵を探してみたのですが、「コレ!」と思うものにぶつからない。
当時、東京の本郷三丁目に「金魚坂」という金魚の問屋さんがありました。さまざまな金魚が生け簀で泳いでいて、見ているだけで楽しかった。喫茶店が併設されていて、そこで浪曲をやらせてもらったことがあったんです。
その打ち合わせに行ったときでした。
金魚坂のおかみさんが締めておられた帯から、目が離せなくなった。
美しい金魚の柄の帯!
「こ、こ、これだっ!」
探していた理想の金魚がそこにいた!
「おかみさん、この帯の金魚って、どなたの作品なんですかっ?」
息せき切って訊く私に、戸惑われたおかみさん。
「あ、これ? これね、若い作家さんに描いてもらったの」
作家の方に、帯の布に、直接描いてもらったものだそうでした。
「その方を教えてください!」
その方の名は、深堀隆介さん。
調べたら、なんと、金魚だけを描き続けている美術作家さん。名前をご存じの方もおられましょう。現在は大変な人気作家になっておられます。日本にとどまらず世界各国でも展覧会が開かれているような方ですが、当時は無名でした。連絡先を調べ、お手紙を書きました。
「私のテーブル掛けに、金魚を描いてもらえませんか」
……意味不明ですよね。
「一度お会いしましょう」ということになり、渋谷の喫茶店でお会いしました。思いをお伝えしたら、快くお引き受けいただけることに! お値段の交渉もそのときにしました。この人に描いてもらえるなら、いくらでも……というわけにはいかないけれど、ご提示の金額どおりにお支払いすることにしました。
さあ、制作です。
まずは浅草の平野商店という旗屋さんに、布を発注します。布は絹。帯にもなるような「塩瀬」という布地です。布そのものが高価。テーブル掛けのサイズに布を縫製してもらい、背かけの紋と、湯のみ台の「玉川奈々福賛江」という文字は、深堀さんに色を決めてもらったうえで、平野さんで染めてもらう。そしてできあがったものを、深堀さんに届けます。
テーブル掛けの布、でかい! とはいえ、その広いキャンバスに自由に描けばいいわけじゃなくて、それを演台に掛けて、お客さんから見える部分にちゃんと金魚がいなければならない。深堀さんは、布を演台に掛けて、設計図を作り、布のどの部分にどう描いたらいいか、構図を考えてくださいました。
あとは……私はひたすら待つ。ひたすら、待つ。まだ連絡来ない。名披露目もうすぐ。ひたすら待つ。まだ来ない、ええええ、間に合うのか?
名披露目の会の会場である浅草の木馬亭に、出来立てのテーブル掛けが届いたのは、前日でした。掛けてみて……超絶感動した。まんなかに、どーんと、真っ赤な出目金。そして左右の袖掛けに、黒出目金と、虹色の金魚。私の、理想の金魚が、木馬亭の舞台に泳いでいました。
それまで私が見ていた、東京の浪曲師のテーブル掛けは、旗屋さんで絵柄を染めてもらっているのが大半でした。ところが、私の新しいテーブル掛けは、布に直接絵を描いてもらったもの。つまりはテーブル掛けそのものが美術品なのです。
その迫力、そして斬新さ。
「この金魚は、奈々福さんを乗せてどこまでもどこまでも、上っていきますよ!」
と深堀さんが言ってくれました。
スキャンして拡大して、プリントする
オリジナルで作ったテーブル掛けは現在5セットあります。いずれも「奈々福さん、作りなさい」という、浪曲を応援してくださる方のお申し出により作らせていただいたもの。絵柄は、深堀さんにお願いした、金魚のものが3セット。そのあとに、違う方法で作ったものがあります。
四つめのテーブル掛け。これは某お寺のご住職様からのお申し出で作らせていただいたもの。
お寺さんが作ってくださるのだから、仏教にちなんだものにしたいと思いました。
そして浪曲は、浪曲師の声と、三味線の音色で構成していくものだから、声と楽器に縁のある絵にしたい。
迦陵頻伽(かりょうびんが)。
上半身が人、下半身が鳥という、仏教における想像上の生き物。世にも美しい声を持つとされます。
そして、伎楽天(ぎがくてん)。敦煌の莫高窟に描かれている、琵琶を頭の後ろで曲弾きしている神様。
声の神と、楽を奏でる神。このいずれかをモチーフにしたらどうだろう。
それを誰に描いてもらうか。迷わずお願いしたいと思ったのが、大好きな漫画家の岡村みのりさんです。それまでにも岡村さんには、DVDのライナーノーツ、公演チラシなどにイラストをお願いしておりました。ご相談したら、
「いっそ、迦陵頻伽と伎楽天が一緒に遊んでいる構図にしちゃいましょうか」
うわ、最高。
とはいえ岡村さんに、そんな大きな布に直接描いてもらう、というわけにもいかない。なので、岡村さんが描きやすいサイズで描いてもらい、それをスキャンして、拡大して、布に印刷できないかと考えました。
大判の布にインクジェットでプリントできる会社はないかと、ネット検索!
ヒットして、ここならどうだろうと思った会社。群馬県の桐生にある朝倉染布株式会社。桐生といえば、染織では有名な土地柄です。お問合せアドレスに、主旨を書いて送る。
「テーブル掛けを作るにあたり、これくらい大きな布に、イラストをスキャンして印刷してほしいんです」……意味不明ですよね。
岡村さんに正式依頼し、そして朝倉染色さんと打合せをしました。
「あの~……つまりは、一点ものの美術品を作るっていうことですか」と、朝倉さん。
はい、つまりはそうなんです。でも、そう思ってくれてうれしい。
まず、布を選びます。限りなく塩瀬に近いポリエステル、それも数種類ある中から選んだ。そして、岡村さんに描いてもらったイラストを、布に割り付けるデザイナーさんが必要となり、もう20年以上前から、私の公演チラシのデザインをお願いしているKさんに、お願いしました。
岡村さんからイラストが出来てきました。
これがもうもう、想像以上に素晴らしかった!
それを、スキャニングしてくれる会社に送り、Kさんご指示の解像度でスキャンしてもらいます。そのデータを、Kさんが設計図に割り付ける。そのデータを朝倉さんに送って、布に印刷してもらう……のですが。これが、直接絵を描いてもらうのとは違うところで「色校正」というものが必要になる。原画通りの色の再現になっているかどうか。校正のための布が必要になります。
布を使った、使った使いました~(その校正で使った布が、いま私の部屋に積み重なっておりますが)。おかげでほぼ原画に近い色が再現でき、大感激モノの、素晴らしいテーブル掛けが出来上がりました。
大好きな川瀬巴水の版画をテーブル掛けに!
五つめ、最新のテーブル掛けは、ご贔屓(ひいき)いただいている個人の方のお申し出で作らせていただきました。私は川瀬巴水の版画が好きで、毎年、巴水の作品のカレンダーを壁に貼っています。「巴水で、作りたいな」
巴水は、著作権が切れています。ネットで探したら、なんと巴水の、商用にも使える画像がアップされていた! データがあるので、前回同様、Kさんに割り付けてもらい、朝倉染布株式会社に印刷してもらう形で作りました。
選んだ版画は「牛堀」という作品で、川に雪が舞う風景です。真ん中に、小舟。
お仕事の場、着る着物、季節、内容などによって、どのテーブル掛けを持っていくかを考えます。巴水のは、雪の風景ですから、演目を選びます。『銭形平次 雪の精』。年の瀬の話である寛永三馬術の『曲垣と度々平』『大井川乗り切り』、赤穂義士伝の『赤垣源蔵 徳利の別れ』などにはぴったりです。盛夏に、「せめてこのテーブル掛けを見て、わずかなりとも涼しく……」というのもありかな。
今日はどれを持っていくかな。それを考えるのも、舞台前の楽しみです。
(2026年1月31日掲載)
(聞き手・構成 時事ドットコム編集部 冨田政裕)
次回も「テーブル掛け」のお話です。
◇ ◇ ◇
玉川 奈々福(たまがわ ななふく)
横浜市生まれ。上智大卒業後、出版社に勤務。日本浪曲協会主催の三味線教室に参加したことがきっかけで、1995年7月7日に2代目玉川福太郎に弟子入り。2001年に浪曲初舞台。06年に美穂子改め奈々福。「玉川福太郎の徹底天保水滸伝」をはじめとする浪曲イベントを多数プロデュース。「平成狸合戦ぽんぽこ」など自作の新作も多数。他ジャンルの伝統芸能とのコラボなども手掛ける。18年に文化交流使として欧州など7カ国を回って公演。19年に第11回伊丹十三賞受賞。24年、落語芸術協会に入会。寄席に出演して落語ファンに浪曲の魅力を伝えている。