前彼さんから投稿頂いた「「楽園のDoor」を聴くと思い出す前カノ」。
高校時代の初カノや大学時代の元カノって、結婚までは意識してなくて、卒業でお別れするんだろうなという予感の中付き合ってたから、青春の思い出の1ページみたいな感じ心の片隅に残っています。
学生時代の彼女は、性体験のない処女だったし、特に高校時代の初カノはお互いが初めて同士で、忘れられない思い出として、あの瞬間を記憶しています。
でも、妻の前の付き合った、社会に出て初めての前カノは、結婚して一緒に暮らしているイメージを描けた人でした。
処女打はなかったけど、セックスという行為が、愛情の確認とか快楽以外の何かがあって、それは、お互いの子供が欲しいという強い思いで、つまりそれはお互いが結婚相手として意識していたということです。
学生時代のセックスは、自分の興奮、自分が気持ち良くなるためのセックスでしたが、前カノとのセックスは、前カノを気持ち良くさせたい、その一心で、自分がイクことを我慢して、前カノのために腰を振っていました。
前カノをイカせたいと思うセックス、それは、妻とのセックスと同じでした。
まず、前戯に欠ける時間が違いました。
高校時代は、オマンコを舐めるという行為、それはシャワーを浴びないとできないから、月に何回かしかできない行為で、初カノの家でコソコソするときは、上はセーラー服を脱がないでそそくさと手マンで濡らしてセックスしていました。
セーラー服姿の女子高生とのセックスなので、今考えるとそれだけで萌えますが、当時は、全部脱がせたかったから、着衣セックスはあまり好きではありませんでした。
特に夏場は汗かくし、初カノを素っ裸にしたかったですん。
だから、月に1~2回、ラブホでするときは裸でシャワー浴びて、高校生ではめったに拝めないオマンコを凝視して、舐めまくるというクンニ大好き少年でした。
その時、クンニで女の子がヘロヘロになってからのセックスの方が、女の子が感じまくるということを知りましたが、学生時代はそれでも早く入れたくて、前戯がおざなりになりがちでした。
それは大学時代でも同じで、オマンコという秘宝を目の当たりにして、興奮しながら舐めつつも、入れたいが先に出て、クンニは5分もしませんでした。
しかし、前カノの場合、クンニが私にとっての愛情表現であり、前カノが「入れて」と言うまで舐めてました。
なので、その日によってまちまちですが、短くても5分、長いと15分くらい舐めてました。
それから、高校、大学時代のセックスは、コンドームしていました。
大学になって、安全日だけは生入れを許されましたが、外出しでした。
しかし、前カノは、安全日に中に欲しがり、初めて中出しを経験しました。
前カノとは、2年半付き合って、お別れしました。
それは、前カノの実家、家業を継いでた兄が病気になってしまい、結婚するはずだった女性とは破談、家業の継続が困難になり、前カノが婿取りをして家業を継がねばならなくなったからでした。
俯きながら別れ話をしたレトロな喫茶店では、有線放送が流れてて、その喫茶店の客層が当時の私たちより20歳くらい上で、昭和の懐メロが流れていました。
前カノとの別れ話を受け入れた後の沈黙の中、流れていた曲は、南野陽子さんの「楽園のDoor」という曲で、リリースされた頃はまだ幼児だった私たちには新鮮、かつ哀しい旋律に聞こえました。
前カノを見送ったあの日、去り行く前カノと最後に食べたランチは、レトロな喫茶店でのエビピラフセットでした。
偶然にも、その時も南野陽子さんの「楽園のDoor」が流れて、以来、その曲は私にとって前カノとの思い出の曲になりました。
そうね 世界中が他人事なら
傷つかずに 過ごせるけど
心ごと 生きてゆきたくて
楽園のDoorからひとり
丁度、このフレーズの時に見つめ合ってたから、この部分が頭をぐるぐる回っていました。
「それじゃあ、私、行くね。元気でね。さよなら。」
「ああ、さよなら。頑張ってな。元気でな。」
去り行く前カノの後姿が見えなくなるまで、改札の前に佇んでいました。
前カノの姿が見えなくなった後、一人、アパートに帰ると、郵便受けに手編みのマフラーが入ってて、それを抱きしめて泣きました。
きっと、直接手渡すと未練から別れを諦めきれなくなるから、そっと入れていったのでしょうね。
前カノと別れて、暫くは一人でいました。
半年後、前カノから、
「お見合いしました。とてもいい人で、今、お付き合いしています。たぶん、結婚することになると思います。」
とメールが来て、
「幸せになりなよ。結婚する相手がいるなら、元彼の連絡先は消した方がいい。今後、一切の連絡を断とう。さよなら。」
「さよなら。ありがとう。」
これが、前カノとの最後のメールになりました。
前カノとの最後のメールが残るガラケーは、その後付き合い始めた妻に勧められてスマホにしたとき、処分せずに充電器ごと保管してあります。
充電して、見たことはありませんが、捨てることもできないのです。
前カノを愛したまま、妻と付き合ってて心苦しくて、妻も、それに気づいてて、
「誰だって、忘れられない恋ってあるものよね。でも、新しい恋も一歩ずつ、進んでいけば、お互いに近くなれると思うんだ。」
と言われた時、
新しい靴は 少しぎこちなくて
微かな痛み 引きずるけど
一歩ずつ 履き慣らしてくわ
あなたに 近くなるために
という、南野陽子さんの「楽園のDoor」の一節に似てるなあと思ったら、なんだか妻が素敵に思えて、この日、妻と私が初めて結ばれました。
当時、私26歳、妻は23歳で、妻はPerfumeの「かしゆか」さんに似てて、可愛かったからもちろん処女ではありませんでした。
でも、とても奇麗のオマンコをしてて、心行くまで舐めさせてもらいました。
記憶だと15分は舐めてたと思います。
私の頭を両手で掴んで、
「もう、そのくらいにして、入れて欲しい。あなたが欲しいから・・・」
と言われ、初セックスが生でした。
もちろん中には出しませんでしたが、生で受け入れてくれたことが嬉しかったし、本当に自分を欲しがってくれてる実感が感じられて、この人を満足させようと、懸命に感じる場所を探って、精魂込めて抱きました。
それが妻にも通じたのでしょう、この日以来、妻は私から離れなくなりました。
そして、離れているのが切なくなり、初セックスから半年で結婚を誓い、私27歳、妻24歳で結婚しました。
今年、結婚して14年、私は41歳、妻は38歳になって、小6と小3の子供がいます。
先日、寝室の押し入れを片付けてたら、昔使ってたジュラルミンの小さなケースを見つけて、開けてみると、二つ折りのガラケーと充電器が入っていました。
ふと、思い出されたのは前カノのことでした。
あの別れから16年、前カノもアラフォー、きっと、実家で家業を継いで、頑張ってることでしょう。
前カノの実家の住所は知りませんが、家業はわかるので、前カノの実家がある街に行って探せば見つけることができると思います。
いつか、年齢を重ねて、昔の彼女だとか、元彼だとか、そういう枠組みから外れて、前カノが懐かしい人だと思えるようになった時、さりげなく前カノの実家のお店を訪ねてみようと思います。
名乗ることなく、訪ねるつもりですが、長い年月がお互いの姿を変えても、きっと、お互いに気付いて、でも、そのことには触れず、目で挨拶して、元気な姿を見て安心するんだと思います。
だから、その時まで、前カノにさよならです。
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