TopoLogic(トポロジック)の佐藤太紀代表。東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻修了後、6年間マッキンゼー・アンド・カンパニーにて製造業を中心にマネジメントコンサルティングに従事。その後、産業ドローンのスタートアップを経てトポロジックに参画した。
撮影:三ツ村崇志
数十兆円規模とも言われる半導体市場。そこに乗り込もうとしている、スタートアップがあります。
「マイクロンやSKハイニックス、サムスンが作る半導体メモリよりも、10倍エネルギー効率の良いものを作りたい。
日本が王道的に強いのはやはり素材・材料系の性能の高さで戦う領域だと思っています」
そう語るのは、東京大学発スタートアップ・TopoLogic(トポロジック)の代表を務める佐藤太紀さんです。
トポロジックは、2016年のノーベル物理学賞の受賞テーマにもなった「トポロジカル物質」と呼ばれる最先端素材の社会実装を目指すスタートアップです。2021年夏に、同領域の研究で第一線を走る東京大学の中辻知教授が設立。トポロジカル物質にみられる特殊な現象を利用した「超省電力の半導体磁気メモリ」や「超高感度の熱センサ」を開発しています。2024年2月には、7億円の資金調達も発表しました。
佐藤さん自身は研究者ではないものの、ビジネスサイドを担う人材として創業直後の2021年11月に参画。世界で戦うための戦略を練っています。2024年1月にはBusiness Insider Japanのアワード「BEYOND MILLENNIALS(ビヨンド・ミレニアルズ)2024」にも選出されました。
従来の物質にはみられない性質を持った新素材・トポロジカル物質は世界をどう変えるのか? 佐藤さんに研究開発型スタートアップとしての勝ち筋を聞きました。
ノーベル賞受賞技術を「社会実装」するには
2016年のノーベル物理学賞は、トポロジカル物質に関連する理論研究に携わった3名の研究者に授与された。
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トポロジックのコアとなる「トポロジカル物質」は、1970年代から理論的な研究が進められてきた物質です。2016年には理論研究などに携わった3人の物理学者にノーベル物理学賞が授与されました。
半導体の材料をはじめ、物質の性質はその内部に存在する「電子」の状態で決まります。トポロジカル物質は特徴的な電子の状態を持ち、不思議な現象を示します。
例えば、「物質の内部には電気が流れない」のに「表面には電気が流れる」、金属とも絶縁体ともいえない不思議な性質を示す「トポロジカル絶縁体」はトポロジカル物質の一例です。
ただ、こういった不思議な性質を示す材料を「社会実装」するには課題もありました。生活環境で使える物質が見つかっていなかったのです。
「この分野の研究者はみなさん低温・高圧環境で実験することが多いです。(そこで使われる物質は)応用がしにくいのです。
私たちがトポロジカル物質で起業できた背景にあるのは、常温・常圧でおもしろい特性を持つ物質が見つかってきたことが大きい」(佐藤さん)
社会実装に「使える」トポロジカル物質を見出したのが、他ならぬ創業者の中辻教授でした。
「技術」と「ビジネス」の両輪
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中辻教授は、「常温(室温)・常圧(大気圧)」でも不思議な性質を示すトポロジカル物質を発見し、さらに2020年には、鉄やマンガンといった比較的一般的な元素からできた「使える」可能性のある物質を見つけ出し、世界的な学術誌であるNatureに発表しました。こういった研究成果を製品として昇華するための組織として、トポロジックを創業したといいます。
ただ、日本で研究者がいきなり起業するのは、まだハードルが高いものです。
中辻教授は、創業にあたり知人だった元楽天CIO(Chief Information Officer)で、現在QuEraというアメリカの量子コンピューターベンチャーで代表を務める物理学者の北川拓也氏に相談したといいます。
事業としてやるなら、ビジネス面を支える人材が必要不可欠。そこで、北川氏とともに創業の相談に乗っていた早稲田大学ベンチャーの共同代表である太田裕朗氏から候補として挙がったのが、佐藤さんだったといいます。
佐藤さんにとって太田氏は、大学卒業後に就職したマッキンゼー&カンパニー時代の先輩にあたります。佐藤さんは当時、産業用ドローンのスタートアップに携わっていたものの、
「当時携わっていたドローン事業は順調だったのですが、ある日突然太田さんから『新しいことにチャレンジしてみないか?』と声をかけられて(笑)。当時スタートアップでマネジメント経験を積みたいと考えていたこともあって、おもしろそうな話だなと思いました。日本が強い材料分野でのチャレンジというのも魅力的でした」(佐藤さん)
といいます。
その後話し合いを重ね、2021年11月に佐藤さんはトポロジックの代表に正式に就任することになりました。これで研究サイドは中辻教授が、ビジネスサイドは佐藤さんがハンドリングする、研究開発型スタートアップの両軸が整ったわけです。
「僕が『このテーマには会社としてすぐ投資できない』と判断することもあるので、中辻先生には苦労をかけている側面もあるかもしれませんが(笑)、『ビジネスの観点ではこうです』と喧々諤々(けんけんがくがく)仲良くやらせていただいています」(佐藤さん)
生成AI時代に必須の省エネメモリ
撮影:三ツ村崇志
トポロジックでは、中辻教授が発見したトポロジカル物質をもとに、従来の10分の1程度の消費電力で駆動する磁気メモリ半導体や、ミリ秒(1000分の1秒)単位で反応する超高感度熱センサの開発を目指しています。
メモリは、データセンターなどでも必要とされる一時的な記録デバイスです。一つひとつの消費電力はそこまで大きくないものの、膨大な数を必要とするデータセンターでは、わずかな省エネでも大きなインパクトになります。
「私たちが開発を目指す『磁気メモリ』では、一般的に使われているDRAM(電気的な仕組みで記録するメモリ)と比べて消費電力を10分の1ぐらいまで下げたいと思っています。今、各社が省エネのメモリを作ろうとしていますが、使う素材によって物理的な限界があります」(佐藤さん)
トポロジックが開発する磁気メモリ半導体の試験品。
画像:トポロジック
磁気メモリは「磁石」のN極とS極の源でもある「スピン」と呼ばれる状態を制御することで、デジタル情報を記録します。ただ、スピンの制御や情報の書き込みにはどうしても一定の電力が必要です。
中辻教授は、一見するとN極もS極もない(スピンが打ち消されている)ように見えるトポロジカル物質の中に、容易に磁気メモリとして活用できる(スピンを簡単に制御できる)構造があることを発見。微弱な電流でその情報の書き込みが可能なことを確認しました。この技術が、トポロジックの大きな差別化ポイントの一つになっています。
トポロジックでは、数十兆円ともいわれるメモリ市場を目指し、COOで弁理士でもある澤井周氏を中心に特許戦略を練りながら、磁気メモリ半導体の開発を慎重に進めています。
超高感度熱センサが製造業の現場を変える
他方、熱センサは「25年中に量産化できたら素晴らしいというイメージ」(佐藤さん)で開発が進んでいるといいます。トポロジックが開発する高感度の熱センサもまた、素材の特徴を生かすことで、半導体産業や製造業の開発現場を大きく変える可能性を秘めています。
トポロジックが開発する熱センサ。
画像:トポロジック
金属や半導体材料の中には、温度差が生じたときに電圧差が生じる物質があります。普通は、温度が高い方がプラス、低い方がマイナス※といったように温度差と電圧差が生じる方向は一致するのですが、トポロジカル物質の場合、不思議なことに「温度差のある方向と垂直な方向」に電圧差が生じることが知られています。
※材料によっては、温度が低いほうがプラスになることもある。
中辻教授は、常温で非常に大きな電圧差が(温度差と垂直な方向に)生じるトポロジカル物質を発見。薄い膜状にも加工しやすい、シンプルな構造をしたこれまでにない超高感度の熱センサが実現できるとして開発を進めています。
開発中のデバイスでは、応答速度はミリ秒単位と非常に速く、人が息を吹きかけたときに生じるわずかな温度変化にも瞬時に反応するほどの高感度だといいます。
「薄膜なので瞬時に温度差が生まれるため、その分ダイナミックな状態を測定するセンサ用途に向いています。
例えば、EVのバッテリー異常を検知した瞬間にバッテリーセルを切り離すことができれば、バッテリーが炎上するのを防げるはずです。現状は『温度上昇が続いている』という明らかな変化を検出してから制御していますが、熱暴走はその前から始まっていることが多い。高感度センサで、温度が上る前に発熱量が大きくなった(異常が生じた)瞬間を捉えることができるはずです」(佐藤さん)
と構想を語ります。
ちょっとした熱のゆらぎが製造効率(歩留まり)に影響する、半導体製造装置を制御するためのセンサとしても注目度は高いといいます。高感度センサによって歩留まりがほんの数%変わるだけでも、ビジネス上のインパクトは絶大です。実際、すでに国内の有名半導体装置メーカーなどと共に、活用に向けた共同研究を進めています。
研究開発型スタートアップとしての勝ち筋
半導体に限らず、研究開発型のスタートアップの研究開発は一筋縄ではいかない。(画像はイメージです)
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研究開発型スタートアップが製品を上市するまでには、多額の研究開発費が必要です。実際、トポロジックも磁気メモリ半導体の開発に向けて今後数十億規模での調達の構想があると佐藤さんは話します。
ただ、トポロジックでは、自社で製造工場を持ち大量生産を目指しているわけではないといいます。
「電子メーカーなら大半が我々の製品を作れる製造工程を持っています。開発ノウハウは僕らが押さえ、IP(特許)を提供して作ってもらうのもよし、OEM的に一緒に作るのもよし、センサメーカーなどには直接ライセンス契約するようなビジネスも考えています」(佐藤さん)
すでに企業との実証実験(PoC)を有償で実施するなど、研究開発型スタートアップでありながら一定の収益を得ながら事業開発を進めています。
このビジネスモデルは、東大発の医薬品ベンチャーとして知られるペプチドリームや、製造プロセスの脱炭素化に取り組む大阪大学発ベンチャーのマイクロ波化学などを参考にしているといいます。半導体業界では、ソフトバンクグループ傘下の英ARMも、似たビジネスモデルです。
「日本においてディープテックで成功しているケースはいくつかありますが、そこは参考にしています。自分たちで複数業種向けに全て開発するのは、半導体製造装置の設備投資などを考えるとかなり厳しいです。
製造装置を持ち、開発コストもある程度負担できる顧客がいて、しかもお客さんごとに具体的な用途が違う。であれば、このモデルはワークするという仮説があります。それをこれから実証していきます」(佐藤さん)