銅鉱山の街ザンビア中部ヌドラ。そこから南西約100キロの農村ムポングウェ郡ルワマブエを訪れた。ランドクルーザーで幹線道路から林道に入り、1時間ほど走ると、林の中に草葺(ぶ)き屋根の民家が点在する小さな集落が現れる。
マジョリー・ムワンザさん(18)は、1歳半になる長女と両親、幼い兄弟たちと暮らす。一家は主食のメイズ(トウモロコシ)を作り、炭の袋詰めを時には手伝い生計を立てるが、現金収入は年間20万クワチャ(約3500円)程度。今年はメイズの収穫が思わしくなく、夫は出稼ぎ中だ。
15歳の時、学校のそばをよく通りかかる6歳年上の男性に声を掛けられた。ほどなく妊娠して結婚。学校は6年生でやめた。1日2回水をくみに行き、洗濯や掃き掃除をし、2度の食事を作る。メイズの粉を煮詰め、もちのように練り上げたンシマと菜っ葉の煮込みが定番の献立。日が暮れれば、小さな瓶に灯油を入れた簡易ランプに火をともす。
長女はムワンザさんの母親が取り上げた。四畳半ほどの小屋の土間に穀物袋を敷き、真新しいチテンゲを広げた上でのお産。小さな雑貨屋から200クワチャ(約4円)で買ったカミソリを使って、生まれてきた赤ん坊のへその緒を切った。そして今また、妊娠8カ月。「何が起こるか分からないから、今回は診療所で産みたい」とか細い声でつぶやいた。
その母マビス・チェンダさん(40)は娘より一足先に出産しているはずだった。17歳で第一子を出産してから10人目の子供。だが、7カ月に差し掛かっていた7月のある夜、背中と足の激しい痛みで目が覚めた。夫はその晩不在で、助けを呼ぶこともままならない。見る間にお腹から出てきた胎児は既に死んでいた。
亡きがらは近くの墓地に埋めたが、死産は保健所に報告していない。「お産の時はいつも、死の恐怖を感じる。でも、どの女性も抱える危険だから仕方ない」とチェンダさんは表情を曇らせる。2007年にできた最寄りのカルウェオ診療所ですら約20キロ先。唯一の交通手段が自転車か牛車という村人にとっては遠い存在だ。
ムワンザさんは、出産予定日が近づいたら診療所近くの親類の家に身を寄せ、待機すると語っていた。しかし、取材に立ち会ったカルウェオ診療所の助産師ユニス・ルプルウェさん(45)は、「あの娘、きっと自宅で産むわよ」と事も無げに言った。取材を終えて帰国後、ルプルウェさんの予想が当たっていたことを聞かされた。
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