北アイルランドのFWで、言わずと知れたレジェンド。1963年に17歳でユナイテッドとプロ契約を交わした。小柄でやせていたが、芸術とも言えるテクニックでカバーした。味方さえあざむくようなキックフェイント、高速ドリブル、長短レンジを問わないシュートを次々に決め、64―65、66―67シーズンにはプレミアリーグ優勝に貢献した。
さらに、67―68シーズンには、欧州カップ(現在の欧州チャンピオンズリーグ)制覇も経験。プレミアリーグでは、28ゴールで得点王に輝き、バロンドール(当時は欧州最優秀選手賞)を弱冠22歳で受賞した。ユナイテッドには、74年まで所属し、公式HPによれば179得点を挙げている。活躍した時代がビートルズの全盛期だったこともあり、「5人目のビートルズ」と呼ばれた。
天才の名をほしいままにしたベストだが、全盛期は30歳を前にして終わってしまった。ユナイテッド退団後は思うような活躍ができず、他国のクラブでプレーしたこともある。83年に37歳で現役引退。
サッカー選手としても有名だが、女性問題やアルコール依存症など、多くの問題を抱えていたことでも知られる。現役引退後は、飲酒運転や暴行罪で服役するなど散々な目に遭った。不摂生がたたり、肝臓の移植手術を受けたこともある。そして、2005年11月に59歳でこの世を去った。もっと伸ばせたはずの才能を伸ばせないまま生涯を終えた「7番」だった。
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