大津島の回天の訓練基地が誕生したのは、試作完成から2カ月後の9月。1937年に作られた呉海軍工廠の大津島分工場と付設の九三式酸素魚雷の発射試験場を利用してスタートした。
発射場までは、現在の大津島小学校および同中学校付近にあった整備工場から、トロッコに載せて、約250メートルの運搬用のトンネルをくぐり魚雷発射試験場まで運んだ。
トンネルは現存し、内部にはトロッコ用の線路をコンクリートで埋めた跡が残る。薄暗いトンネルの中ほどには、回天の写真とパネルが残されており、人が通るとセンサーで自動的に感知し、音声によるガイダンスが始まり、簡単な回天の説明をしてくれる。
トンネルを抜けると、瀬戸内海が広がる風景とともに洋上に2階建ての発射試験場跡が見える。九三式酸素魚雷の発射口が2基残っているが、回天の訓練ではこれは使用しない。
トロッコで運んだ回天をここで当時設置されていたクレーンで海面に降ろし、横抱船と呼ばれる船の横に設置して沖まで運び、訓練したという。現在では、クレーンがあったことをしのばせる赤茶色に錆びた台座が残されている。
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