人間魚雷「回天」の島

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145人の碑銘

 回天基地は大津島のほか、山口県光市、同県平生町、大分県日出町にあった。4基地で訓練を受けたのは計1375人で、そのうち1035人が海軍飛行予科練習生(予科練)だった。

 回天での出撃は、神風特別攻撃隊になぞらえ、神潮特別攻撃隊、または回天特別攻撃隊と呼ばれた。1944年11月20日にグアム島近くのヤップ島付近で、米軍の油槽艦を撃沈したのを最初に、敵艦船計2隻を撃沈し、5隻に損害を与えたという。

 亡くなった145人のそれぞれの石碑が、記念館の正面に並んでいる。それぞれに名前と出身地が掘り込まれている。遺族か戦友が手向けたのであろう、花輪が添えられたものもあった。松本さんは「かなりの高齢になるが、生き残った当時の搭乗者も来館します」と話す。

 あの戦争における人間魚雷「回天」とは何だったのか。そう問い掛けると、松本さんは「愛する者を守る真実ではないでしょうか」と答え、「一途に家族を守る、郷土、国を守ろうとした証拠や事実だったのではないかと思っています」と説明してくれた。

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