05年1月、日本サッカー協会(JFA)は「JFA2005年宣言」を行い、15年までの10年で代表チームが世界トップ10入りを果たすなどの目標を掲げた。揚げ足を取るようで恐縮ではあるが、チームの現状はその目標から遠ざかるばかり。途中でランキングの算出方法の変更があったとはいえ、国際サッカー連盟(FIFA)の世界ランクは11年に13位まで上昇したものの、その後は後退を繰り返し、18年4月はアジア連盟でも3番手の60位にいる。世界ランクはあくまで目安的な指標ではあるが、「なかなか世界の中で通用しない日本」という位置づけが定着してしまって久しい。
W杯には出るものの、なかなか勝てない日本。こうなると、ライト層は「どうせ今回もダメなんだろう」と関心が続かない。そもそも、日本がW杯に出続けられるようになったのは、W杯のアジア枠が広がったことと無縁ではない。W杯の本大会が16チームで争われていた時代の最後の78年大会でアジア枠は1つだけ。出場が24チームに広がった82年大会でもアジアからの出場国はクウェートだけだった。アジアは86年大会で2枠となり、ドーハの悲劇で知られる94年大会アジア予選も2つの出場枠を争った。それが18年ロシア大会は4.5。14年大会でアジア勢が計0勝9敗3分けと惨敗したにもかかわらず、減らされずに済んだ。普通に考えればあり得ない措置だが、W杯の出場チーム数が48まで拡大される予定の26年大会から、アジア枠は8になるという。中国や日本のテレビ視聴者数やスポンサー、テレビ放映権料に期待し、「弱い」アジアが優遇を受けているわけだ。
Jリーグの発足などを経て日本のサッカー環境は大きく整備され、全体のレベルが大きく向上したことには疑問の余地はあるまい。ただ、ドーハの悲劇の時代のようにアジア枠が2であるのなら、出場権獲得へ、まったく予断許さないことには変わりがないのではないか。つまり、アジアの中、世界の中で真の意味でレベルアップできているのか、確信が持てない状況が続いているのだ。そうなると、「JFA2005年宣言」も単なる努力目標、お題目なのかと、その文言が虚しく思えてしまう。
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