正念場の日本サッカー

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揺れ動く羅針盤

 オフト監督の下、惜しくもW杯出場を逃すと、「やはり予選を突破して本大会を戦った経験がないと」。しかし、アジア大会で韓国に敗れてファルカン監督を解任。「日本語でないとコミュニケーションが十分に取れない」と加茂監督に託した。予選途中で加茂氏を引き継いだ岡田監督の下でW杯出場を果たすも3戦全敗に終わると、「本大会で勝った経験が必要」。その後はトルシエ監督で02年W杯を戦い、06年は鹿島を屈指の強豪に導く礎となったジーコ監督に託す。その後を引き継いだオシム氏が病に倒れると、10年W杯で岡田氏が再登板。決勝トーナメントに進出したものの、まず守備を固める戦術に限界があったとして再び外国人監督路線に変更された。

 ここで監督の選定に当たった原博実氏らのグループは、身近な人脈やつてに頼っていた過去の監督選びから脱却。海外の指導者市場に踏み込んで人選を進めた。14年はザッケローニ監督。その後は「W杯で指揮を執り、勝ち進んだ実績を持つ指導者」としてハビエル・アギーレ氏を招へい。そのアギーレ監督に過去に八百長に関与した疑惑が浮上すると契約を解除し、ハリル氏を招いた。それがW杯前の土壇場に来て「コミュニケーション」を理由に「日本人内閣」へと変更になった。

 田嶋会長は代表強化の継続性について「基本的な流れを変えてはいけないと思っている。育成、指導者養成に関してはしっかりと過去を踏襲し、日本のスタイルを築き上げていると思う。いい方向に修正、改善していくのは当然必要で、それは人が代わろうと今後も実行していく」と説明する。ただ、代表のトップチームに関してはたびたび羅針盤が変わり、基本的には船長(監督)の打ち出すスタイルに丸投げされてきた印象が強い。試行錯誤は避けて通れないとしても、本当に過去の失敗を軌道修正に生かしてきたのか疑問が残る経過だ。ハリル前監督の打ち出したスタイルが日本には合わなかったという意見が根強い中、「とりあえず、そのサッカーでどんな結果になったのか結末を見てみたかった」と嘆くファンは少なくない。

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