正念場の日本サッカー

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芸能とスポーツの違い

 紅白歌合戦で出場歌手別の視聴率がはじき出され、長年歌謡界をけん引してきた大物ベテランののど元にも容赦なく数字という名のナイフが突きつけられる時代だ。数字が説得力を持つことは間違いないが、果たしてそれでいいのかという思いもよぎる。

 テレビや映画の世界では、数字を持っている俳優を起用したり、途中から話題のある人物を投入したりして視聴率や興行成績につなげるやり方は常識かもしれない。しかし、スポーツは相手もあり、生ものの勝負事だ。筋書き通りにいくはずがない。数字が下がってきているからといって、「少なからず数字を持っている」選手を、それを主たる理由に起用するような手法とは本来相いれないものであるはずだ。

 スポーツも興行も商売も政治も、世の移ろいやすい感情を相手に、大変な苦労をしながら苦闘を続けている。熱しやすく冷めやすい国民を相手に成功を続けるのは、どの分野でも難しい。だからと言って、本来の選手育成やチームづくりとは相いれないような「テコ入れ」でカンフル剤を打ち続けていても、課題を先送りすることだけになりはしないだろうか。強化試合の一つ一つで視聴率や観客動員を気にして「少しでも数字を持っている」選手を集めるようなやり方は、中長期的に見ればレベルアップやチーム強化には逆行してしまうように感じる。

 そもそも、強化試合の視聴率や観客数を日本ほど気にしている国はないのではないだろうか。サッカー観戦歴50年近い筆者の経験からはそう感じる。それは日本の担当者の生真面目さを表しているのかもしれないが、海外のW杯予選などを見る限り、本当の好カードや予選の当落が懸かった重要なゲームを除けば、むしろ満員の観客を集めていることの方が少ない。そもそも大きなものが懸かった試合ではないのだから、コンテンツとしての価値が高いわけがない。それを厚化粧して価値があるように見せても、あまり意味がない。むしろ、将来の大きな飛躍につなげるために、メンバーの人選や選手の起用に、現場外の人間があまり口を差し挟むべきではないでのではないか。

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